第2回目のゲストは、2019年『1R1分34秒』で第160回芥川賞、2022年『ほんのこども』で第44回野間文芸新人賞を受賞した町屋良平さん。青春小説から実験的な「私小説」まで――ジャンルの垣根を越えて創作を続ける新鋭は、「純文学」をどう定義しているのか? 小説というジャンルの不完全さや、いま小説を書いている人に伝えたいことなど……。熱い議論が展開される!
「純文学」と括ることの違和感
町屋 今日は「純文学」って何か? みたいなテーマなんですよね。
鴻池 ええ、よく聞かれたりしません?
町屋 最近はあまりないですけど、デビュー直後の頃とかはあったかもしれません。
鴻池 僕はよく聞かれるんです。親戚とか昔の友だちや、仕事先の人に、「小説書いてるらしいけど、何書いてんの?」とか聞かれて、「一応、文芸誌に書いてます」って言うと、「その文芸誌ってなんの雑誌? ジャンルって何? SFなの? ラノベみたいなやつ?」とか聞かれる。だから、自分で答えるためにも自分のなかで定義づけしたいし、色んな作家の人に定義を教えてもらおうと思ったのが、この連載対談を始めるきっかけだったんです。
町屋 「純文学って何か?」って、すごく魅力的な問いだし、引きがありますよね。明確な答えはないし、永遠にナゾは解かれないから。のっけから連載のテーマを否定するみたいで申し訳ないですけど(笑)。だからこそ魅力的な問いなんで、一家言(いっかげん)ある人がいて「純文学とは〇〇である」って勝手に教えてくれるときがある。
鴻池 こっちは聞いてないのに(笑)。
町屋 そう(笑)。「あっそうなんですね~ 勉強になりました」とか聞き流すんですけど。
鴻池 それは小説家が言ってくるんですか?
町屋 いや、小説家ではなくて、文学が好きな読書家の人とかです。「君は知らないだろうけど」みたいなスタンスで言われたことがあります(笑)。
鴻池 えっ、マジ! それは町屋さんが小説家であることを知った上で話してくるんですか?
町屋 知っているんです。どういう小説書いているかはわからなくても、「純文学」って食べていくのが大変なジャンルだということはバレている。デビューした直後って、色んなところで新入社員みたいな扱い受けませんでした?
鴻池 そうですね。見透かされていて、「純文学とは○○だ」と言うのは、新人作家にマウントとる最初のきっかけにふさわしいんですよね。ちなみに、色々言われて納得した答えをもらったことはあるんですか?
町屋 ないです(笑)。
鴻池 ははは(笑)。いや、でも俺はあるかな。なんか、前に対談した松波太郎さんが言っていたことはしっくりきたけど。松波さんは、純文学をどのジャンルにも属さなくて、最後に残った自由な場所みたいなイメージで定義されていましたね。
町屋 「純文学って何か?」って列挙していくと多分、私の体感では30個あると思うんです。
鴻池 それは「純文学」を定義する要件が30個ってことですか?
町屋 エンターテインメント性の高い作品と区別して、「純文学」っぽい特徴をあげると大体30個あります。でも、自分も含めて誰も全部は同時に思考できないから、2~3個ぐらいで納得して終わります。せいぜい同時に2個か3個ぐらいしか考えられないし、数えていくと不毛なことに気づくんです。たとえ30個を列挙しても、それを全部同時に考えているわけじゃないから、じゃあそれはまた今度みたいな感じになるんですよね。松波さんの定義も私は納得できる、いい答えのひとつだと思いました。ただあと29個ある(笑)。
鴻池 なるほど。定義は色々あるけど、僕は今日、町屋さんと話してお互いが納得できる答えを出したいなと思っているんです。
町屋 無理やり定義しますか(笑)。どうだろう……。難しいんじゃないかな。
鴻池 町屋さんは「純文学」と自分の作品を定義するのはダサいと思っている?
町屋 私は普段は「純文学」って言葉を使わないようにしてます(笑)。〝いわゆる〟純文学って毎回言ってるんです。そういう括(くく)りがあることを全然否定しないし、その括りに怒っているとか、イライラしているとかではないんですけど。
「純文学」というのは小説至上主義みたいな言葉だなと思います。「純文学」というと大抵小説しか入らないですよね。でも、「文学」と入っているから、ややこしくて、そこには短詩形の作品が含まれない前提がなんとなくあるように思います。結局、人気や売り上げに依存した括りのような気がして……。でもそういうのをあれこれ話すのは好きですし、やっぱり「純文学って何か?」って魅力的な問いだと思っています。
鴻池 町屋さんは、色んなジャンルの作品を書き分けられているようにも読めますけど、自分で書いて発表するときに、これは「純文学っぽいな」とか思うことはないですか? 〝いわゆる〟純文学っぽいでいいんですけど(笑)。
町屋 ありますね。自分のなかでも〝いわゆる〟純文学っぽい作品になったときと、エンタメ性の高い作品になったときとか、けっこうグラデーションがあります。
松波太郎
1982年生まれ。三重県出身。小説家。鍼灸師。サッカー教室コーチ。創作教室講師。
2008年、「廃車」で第107回文學界新人賞を受賞し小説家デビュー。2014年、『LIFE』で第36回野間文芸新人賞受賞。
2019年、さいたま市内に鍼灸院「豊泉堂」を開設。著書に『自由小説集』、『カルチャーセンター』などがある。
青木淳悟
1979年生まれ。埼玉生まれ。小説家。2003年、「四十日と四十夜のメルヘン」で第35回新潮新人賞を受賞しデビュー。2005年、『四十日と四十夜のメルヘン』で第27回野間文芸新人賞受賞。2012年、『わたしのいない高校』で第25回三島由紀夫賞受賞。著書に『匿名芸術家』、『激越!! プロ野球県聞録』などがある。