町屋 でも小説ってウソっぽくないと、「本当」として読んでもらえないですよね。逆に、こんなにウソっぽいのは、「本当」かもしれないって読まれる。磁場が反転するんです。
鴻池 なるほど!
町屋 声を大にして言いたい。よく小説を語るときに、リアリティがないとかあるとか言われるけど、そもそもリアリティがないからこそリアリティがある。リアリティがあるからこそリアリティがない。っていう逆転の瞬間こそが〝小説のリアリズム〟なんですよね。ややこしいけど(笑)。
鴻池 本当にそう! 最初に本にしてもらった『ナイス☆エイジ』が出たときに、ある評論家に「こういう馬鹿馬鹿しい未来人とかタイムトラベルとか出てくる小説をリアリズムで書いたら白ける」みたいなレビューを書かれたんですよ。
町屋 ああ、それ読んだかも。
鴻池 そうかもなって納得したんです。
町屋 納得しちゃったんですか(笑)。
鴻池 『ナイス☆エイジ』はネットの掲示板に「未来人」だと名乗る人物が出てくるみたいな話なんだけど、これを小説という形式に落とし込んだとき、確かにウソっぽくなっちゃう(笑)。もっと、ネットの掲示板に出てくる本当っぽい感じを再現したかったんですよね。「まとめサイト」とかだと、より真実味が出る。「シャレにならない怖い話」みたいなサイトも99.99パーセント創作なんだろうけど、書き込んだ人のIDが入ってたりすると、にわかに真実味が出てくる。でも、小説にすると、真実味は出ない。これは小説の弱点なんですかね……。
町屋 そう思います。小説は読みながら読者が自分で時間を作っていく形式だから、たとえば映画であれば、作り手のほうが映像をつないで時間を操作しているので、観客は坐って受け身で起こったことを体感できる。実はリアリティのない、アクロバティックなことが起こっても、勝手に次の場面に行ってしまうから、強引に理解させられている。でも、そのほうが自然ですよね。現実でも起きたことを解釈するのはずっと後だったりしますから。ただ、小説はそこにつなぎが要るんですよね。出来事だけを書くとワケがわからないから、出来事と出来事のあいだを埋める部分が要るんですけど、それが出来事そのものの速度よりずっと遅いんです。そのつなぎの部分に含まれる遅さが真実味を消している(笑)。その遅さの弱点を自覚しないと、いまは映画や漫画などのメディアに全くかなわない。
よく、新人賞の応募作に介護をテーマにした作品が多くて、それがあまり面白くないと言われたりします。でも体験していることは面白いというかそれぞれなはずです。介護体験における過酷な現実みたいなものを文字でそのまま書くと、文字が現実に追いつかない。文字が〝遅い〟からうまく表現されないだけなんです。
介護をテーマにした実録漫画は大体面白いんですよ。なんで面白いかというと、言葉が通じていない状況を絵で描けるからだと思います。介護の現場は、介護する人、される人、周りの家族や関係する人、さまざまなレベルで言葉が通じない場面がある。単純に病気で言葉が通じないなんていう単層的なことじゃなくて、いろんな階層が絡みあって通じなくなるわけです。でも、小説は言葉でしか表現されないので、言葉が通じてない状況をわざわざ言葉で書かないと作品として成立しない。会話や説明が入ることによって、経験の生々しさみたいなものがどんどん薄れていく。
青木淳悟さんの「ファザーコンプレックス」(『新潮』2022年4月号)という小説では、「私小説」の体裁でそうした言葉の通じていない状況が複層的に表現されていたと思います。小説を読んでいると、大抵の作品は言葉が通じすぎていて、現実ではこんなにうまく言葉が機能しないよねって思います。
鴻池 おっしゃる通りだと思います。前にイベントで町屋さんが「小説に対して冷めたところがある」とおっしゃっていて気になっていたんです。町屋さんは、小説に過度な信頼を置いてないんでしょうね。小説の不完全さを理解してから書き始めているのかな。
町屋 そうですね。私は小説の弱みのほうに注目しちゃいますね。
主人公はみんな小説家?
鴻池 僕も小説というジャンルに違和感があって、変なこと言いますけど、小説って小説家が書いているじゃないですか。それって変ですよ。つまり、小説を書く技術のある、センスのある人間は世の中で数限られているわけですよ。そんな数限られた人が造形した登場人物は、結局みんな小説家みたいな特殊な人物に読める(笑)。小説を読んでいて、たとえば、普通の会社員とか出てきても、妙にウジウジ悩んでいたり、でも、ときに理路整然と自己の内面を吐露できていたり、「お前は会社員じゃなくて小説家でしょ」って思っちゃう。これ、伝わるかな(笑)。
町屋 すごい変なこと言っているように聞こえるかもしれないけど、私はわかります(笑)。
鴻池 だから本屋さんで小説のコーナーに行って、本を眺めても「どうせ小説家が書いてんだもんな」ってなんか冷めちゃうことがある。小説家が書いているから、ここに市井の普通の登場人物は出てこないんだよなって(笑)。
町屋 わかる!
鴻池 ですよね。これおかしいでしょう。
町屋 会話とか読んでると、思いますよね。現実は小説の会話のように進まないだろって。言いよどんだり、言葉が出てこなかったり。
鴻池 なんでそんなにテンポよく意思疎通できんだよってね(笑)。
町屋 そう(笑)。小説、特に純文学にカテゴライズされる小説は、現実ではこんな風にカギカッコでテンポよく会話は交わされないということへの誤魔化しから始まるんですよね。
鴻池 誰がどう書いても日常の〝当事者〟じゃない。
松波太郎
1982年生まれ。三重県出身。小説家。鍼灸師。サッカー教室コーチ。創作教室講師。
2008年、「廃車」で第107回文學界新人賞を受賞し小説家デビュー。2014年、『LIFE』で第36回野間文芸新人賞受賞。
2019年、さいたま市内に鍼灸院「豊泉堂」を開設。著書に『自由小説集』、『カルチャーセンター』などがある。
青木淳悟
1979年生まれ。埼玉生まれ。小説家。2003年、「四十日と四十夜のメルヘン」で第35回新潮新人賞を受賞しデビュー。2005年、『四十日と四十夜のメルヘン』で第27回野間文芸新人賞受賞。2012年、『わたしのいない高校』で第25回三島由紀夫賞受賞。著書に『匿名芸術家』、『激越!! プロ野球県聞録』などがある。