町屋 いや、さっき鴻池さんも同じようなことおっしゃってましたけど(笑)。
鴻池 そっか、なんか恥ずかしいな(笑)。僕は、色んな作家のみなさんとこうしてお会いしてお話しできなくて、ただ黙々と家で小説を書いて、編集者とだけやり取りする生活だったら、文芸誌もまったく読まないし、小説を書き続けることもできなかったんじゃないかなとも思う。
町屋 作家のなかにも、書き続けられないかもっていう危機感がある作家とない作家がいると思うんです。私は求められなくても書き続けていそうなタイプですけど、それでも自分の体力のなさとか考えると、あのまま会社にいたら小説を続けられなかった未来があったかもとも思うんです。「何があっても書き続ける」と信じている人もすごいけど、「書き続けられないかも」って考えることも大事だなと思うんです。環境とかいくつかの偶然で「書き続けられている」ということを意識したいと思う。
小説の「私」は作者なのか?
鴻池 『文藝』(2023年春季号)に発表された「私の批評」という短編も面白くて、『ほんのこども』よりもっと作者に近い語りで「私小説」っぽさが増してますよね。でもあまりに「私小説」っぽいから、僕は身構えちゃったんです。どこかウソなんだろうなと。これは、頭から尻尾まで作者の町屋さんのことが書かれているとは信じないぞという気持ちで読んでいました。
町屋 そういう感じになりますよね(笑)。というのも、やっぱり本当の「私小説」ではないんです。私が自分のことを小説に書き始めたとき、読者がまずこの〈作中の「私」〉を〈書き手の「私」(町屋良平)〉のことだと信じて読んでくれるのか疑問だったんです。なので無駄に個人情報を書いたりして、「サービス」してしまっている感覚もあります。従来の「私小説」を書く人はそんな疑問を抱いて書かないと思うんです。「私小説」には、〈作中の「私」〉は、〈書き手の「私」〉と同一であることを信じましょうという暗黙のルールがある。作品の中には書かれていない、作品の外からの強制があるわけです。その強制が、読者への抑圧にもなっていて、それがいまの時代にもそぐわなくなっているんじゃないかな……。
鴻池 とはいえですよ、SNSとかはみんな信じてませんか? 作家がSNSで発信した言葉はまぎれもなくその作家の発言だと信じますよね? この作家はこう思っているんだみたいに流通する。
町屋 そうですね。発言を切り取られたりするのも、発信者の本音だと信じられているからですもんね。
鴻池 SNSで発信されたことは真実という感じがあるんですよ。いまはSNSのほうが「私小説」の機能が働いている気がする。
町屋 鴻池さんの作品を論じていた西村紗知さんの批評(「ポップアンドカルチャートリロジー」『すばる』2023年2月号)でもそのような文脈があった気がするけど、「本当のこと」や「真実」を言うメディアが複数になって、逆にどれも「本当のこと」のようでどれもウソのような状況になっているかもしれないですね。
鴻池 町屋さんは、自分のことを書いたいわゆる「私小説」においての〈作中の「私」〉を〈書き手の「私」〉と信じてほしいんですか?
町屋 ええ、信じてほしくて書きますね。別に自分の身に起きてないこともたくさん書いてはいるけど、それも信じてもらいたい気持ちゆえというか……。こっちが本当の「私」だ!という気持ちです。少しズレた話になりますが、自分のなかの「私」と、一般的な「私」とのあいだにけっこう差があるなという気がしていて、一般的な「私」というか、みんなの「私」について知りたいとも思っています。
鴻池 町屋さんの「私」をみんなの「私」に近づけたいんじゃなくて?
町屋 近づけたい(笑)。みんなの「私」を知りたいし、みんなと同じ「私」になりたいっていう憧れが一番強いかな。
鴻池 面白いな。でも、それは無理だし、言ってみれば欺瞞(ぎまん)でしょ? それでもいいんですね。
町屋 うーん、薄々やっぱり欺瞞だし、無理だってわかっているんだけど、なんか指摘されたかったんです。「あなたの『私』は歪んでるよ」って誰かに言ってほしい。でも大しては歪んでないんです。些細な歪みを認めてもらいたいです。
小説には〝弱点〟がある
鴻池 俺、実は去年、私生活で色々あったんですよ。それで、今度、発表する新作ではそのことをそのまま書いたんです。
町屋 そうなんですか(笑)。
鴻池 でも、なんか全部ウソっぽいんですよね。
松波太郎
1982年生まれ。三重県出身。小説家。鍼灸師。サッカー教室コーチ。創作教室講師。
2008年、「廃車」で第107回文學界新人賞を受賞し小説家デビュー。2014年、『LIFE』で第36回野間文芸新人賞受賞。
2019年、さいたま市内に鍼灸院「豊泉堂」を開設。著書に『自由小説集』、『カルチャーセンター』などがある。
青木淳悟
1979年生まれ。埼玉生まれ。小説家。2003年、「四十日と四十夜のメルヘン」で第35回新潮新人賞を受賞しデビュー。2005年、『四十日と四十夜のメルヘン』で第27回野間文芸新人賞受賞。2012年、『わたしのいない高校』で第25回三島由紀夫賞受賞。著書に『匿名芸術家』、『激越!! プロ野球県聞録』などがある。