大量消費と競争・格差を生み出す既存の資本主義経済。それに対して、人間の幸福を中心においた持続可能な経済の仕組み「社会的連帯経済」が最近、資本主義国で広がりつつある。協同組合や社会的企業(障害者雇用、貧困対策、環境保護など、社会的目的を追求する企業)、財団、NGO(非政府組織)などがつくる経済だ。その取り組みを、社会主義国キューバでも推進しようとしている人たちがいるという。その一人は、2019年9月に出会った若き会計士だ。
協同組合主義を広める
「あなたが日本から来たジャーナリストですね。私がアンヘルです。よかったら、これから事務所へ戻るので、そこでゆっくりお話ししませんか」
体格のいい白人青年は、快活にそう言った。老練な経済学者による、キューバにおける協同組合主義の歴史と現状についての講演を聴き終えた時のことだ。この日、私はハバナ大学経済学部の教授の勧めで、ハバナの下町にあるイエズス会の社会文化センターを訪れていた。「社会的連帯経済に関連する講演があるから、アンヘルを訪ねていきなさい」と、教授に言われたからだ。アンヘル(30)は、その講演の進行役だった。誘いを受けることにした私は、彼に導かれるがままに、同じ建物内にある別の部屋へと向かった。
ドアを入ると、窓際の席で、若い女性がパソコンに向かって作業をしている。
「彼女は、ここのスタッフで僕の妻です」
女性が照れ臭そうに「こんにちは」と挨拶してくれる。
アンヘルは、私に目の前の椅子を勧めて、「さて、どんな話をしましょうか」と、こちらを見る。
私は、約4カ月前のスペインでの取材をきっかけに、キューバでも社会的連帯経済を広めようとしている人たちがいると聞いて、会ってみたいと思っていたことを伝え、こう話した。
「30年近くキューバに通い、ここには大勢の友人がいますが、私はこの国の人々にとって、米国化することも、中国やベトナムのようなかたちでの市場経済の導入を進めることも、その理想にふさわしい経済発展の方法だとは思えません。だから、それとは別の社会的連帯経済に取り組もうという人がいることに、興味を持ったんです」
すると、アンヘルは、嬉しそうな顔で、「まさにその通りです。僕たちもそう思っています」と応じた。
「キューバで社会的連帯経済を語り始めたのは、僕たちが最初なんですよ」
私が社会的連帯経済について知ったのは、7年前、スペインでのことだ。リーマンショック後の経済危機に苦しむスペインでは、既存の経済システムとは異なる、もっと人の暮らしや環境を大切にした経済のあり方を模索する動きが活発になった。これまでの資本主義経済は、貧富の差を広げ、地球環境を破壊するだけでなく、いざという時には弱者を切り捨てると、身を以て知ったからだ。
そこで、人々が目を向けたのが、働く者自身が主役となって出資し運営する労働者協同組合や、社会的な使命を持って活動する社会的企業あるいはNGO、フェアトレードといった団体・組織がつくる「社会的連帯経済」だった。その考え方は、私から見れば、本来の社会主義に近い気がした。
それをアンヘルたちが、キューバで紹介していこうとしているのならば、すばらしい。
「僕たちは今、自営業者などの民間セクターを支援し、協同組合主義を軸にした経済環境を築くことを狙いとするプロジェクトを、運営しています」
そう話すアンヘルは、自営の会計士をしながら、ボランティアで、この社会文化センターが運営するプロジェクト「インクーバ・エンプレーサス(事業を孵化するの意)」のコーディネーターをしているという。先ほどの講演も、同プロジェクトの企画だった。2010年からプロジェクトを始動し、現在、特に協同組合を中心にした社会的連帯経済の推進に力を入れていると説明する。
「今日の講演でも指摘されたように、この国の協同組合は、常に国家主導でつくられてきたため、本来の協同組合主義が社会にまだ根付いていないんです」
キューバでは、革命の勝利からまもない頃、サトウキビ生産のために621の協同組合がつくられた。ところが、2年ほどでほとんどが失敗してしまったという。もともと家族経営だった農場を、無理やり、協同組合の経営にしたからだ。その結果、それらは国営農場に変更された。
つまり、社会主義のキューバでは、これまで協同組合といえば国家がつくるもので、資本主義の国々におけるように、市民が自らの意思で設立するわけではないという捉え方がされてきた。
90年代に入って「平和時の非常時」と呼ばれる経済危機状態に陥った時、キューバ政府は再び、農業分野で国営農場の一部を解体し、協同組合による運営を進めた。そして、2012年、ラウル・カストロ議長(当時)は経済改革の一環として、さらに国営の店舗なども協同組合化し、11カ月で500もの協同組合が誕生する。その内16パーセントは失敗して消滅したが、残りはその後も継続しているという。
「現在、農業以外の分野での協同組合は、全国で398あります。4割近くは飲食関係です。とはいえ、彼らはまだ本当の意味での協同組合を理解していません。