「テレビ授業プログラムが十分だとは思いません。問題はあります。でも、子どもたちが学び続けられているだけでも、大きな意味があると考えています」(パウリーナ)
番組が観られない
話を聞いた教師らによると、首都圏では、ほとんどの子どもがテレビ授業を受けて、「クラスルーム」や一般的なチャットアプリであるWhatsApp(日本のLINEのようなもの)、Facebookなどを使って、教師と宿題のやりとりをしているようだ。それを可能にするための親の努力は涙ぐましい。保育園を運営する友人は、「貧困家庭では、ご近所何軒かが共同でインターネットを契約したり、すでに契約している家庭に集まって宿題のやりとりをしたりしている」と言う。
「それでも、親のスマートフォンしかない家庭では、親が仕事から帰るまで子どもたちが使うことができないので、宿題を受け取るのが遅くなり、締め切りまでに宿題を送り返せない場合もあるみたいよ。それどころか、そもそも携帯電話へのチャージができずに、宿題を提出するのを諦めた子もいるわ」
メキシコでは、貧困層はたいていプリペイド携帯を利用しており、パンデミックで収入が落ち込み、チャージするお金がないと、スマートフォンを持っていても使えないのだ。
首都圏ですら、そんな状況なのだから、地方の貧しい農村地帯に行けば、事態はさらに深刻にちがいない。そう考えた私とフォトジャーナリストの篠田有史は、首都を離れ、国内最貧州の一つ、南東部チアパス州を訪ねることにした。この地域には、以前、先住民運動(北米自由貿易協定NAFTAが発効した1994年1月1日に武装蜂起したサパティスタ民族解放軍EZLNの運動)の取材で何度も来たことがあり、そこには日常的に先住民言語を話す人々も大勢いると知っていたからだ。経済的に貧しい家庭が多くインターネットの普及率が低いチアパス高地の地域では、子どもたちはどんな学びをしているのだろうか。
最初に訪れたのは、州中央部に位置する町、ラス・マルガリータスだ。地元の小さな市民団体の職員をしながら中学1年と小学1年の息子を育てるシングルマザー、ジュリディア(30)の家に行った。町中にあるので、お金さえ払えばネット環境を整えることも容易だが、事はそう単純ではなかった。
「中学生の息子には、無理をしてスマートフォンを買い与えました。それがあれば、先生と宿題のやりとりができると考えたからです」
ジュリディアはそう言ったあと、困り顔でこう続けた。
「でも、息子は先月から勉強をしなくなってしまいました。スマートフォンの電源すら入れません。わからない勉強に時間をかけるよりも、家族のために働くほうがマシだと言うんです」
長男のジョニー(12)は、「送られてくる宿題を見ても、さっぱりわからない」ため、やる気をなくしてしまったらしい。
新学年が始まってから3カ月以上も経つというのに教科書はまだ届いておらず、テレビ授業を放送しているチャンネルがどれなのかもよくわからないと、母親が嘆く。
「先生は『テレビをつければわかる』と言うので、いろいろチャンネルを回してみたのですが、見つからなかったんです。それで諦めて、(成績をつけるための評価対象となる)宿題だけやれるようにしたんです」
どうやら母子は、SEPのウェブサイトで放送時間割が見られることも、授業はYouTubeでも観られることも、知らないようだった。私たちがテレビのスイッチを入れて、中学生の授業を放送しているチャンネルに合わせると、画面を見たジュリディアが「あー!」と目を丸くする。彼女自身も、職場の仲間も、小学校卒業程度の学歴しかなく、インターネットの知識がほとんどないため、SEPのウェブサイトを確認することを思いつかなかったらしい。
一方、小学1年の次男イケル(6)は、教科書がすでに手元にあるので、勉強を続けている。だがそれも、テレビ授業ではなく、教師が毎週用意するプリント15枚を使って、だ。月曜日に親が校門前まで取りに行き、翌週には提出して、また新しいプリントをもらうという。
テレビ授業を有効活用できない家庭の現実は、先住民人口が多い農村地帯では、さらに深刻になる。
“家で学ぼう”と言われても
ラス・マルガリータスの町を離れ、未舗装の田舎道を車で進むと、風景はやがて空と大地と山ばかりとなる。緩やかな山道を進んでいくと、少し開けた土地に家が何軒か建っている。アナ・ベレン(27)は、左官の夫(30)と二人の子どもとともにそこで暮らしている。彼らは、トホラバル語を話す先住民だ。