パンデミック下のメキシコでは、貧困層にはアクセスが難しいインターネットではなく、ほとんどの家庭にあるテレビを利用した授業プログラム「家で学ぼう」が普及している。だがそこには、オンライン授業と異なり「双方向性」がないことをはじめ、いつくかの課題があるようだ。
インターネットの必要性
首都メキシコシティの中心に広がる露店街の一角にあるアパート。中学生と幼稚園児がそれぞれの母親ら(4人姉妹)と暮らしている。3人の母親はシングルマザーだ。
「テレビ授業だけでなく、私たちはよく公教育省(SEP)のウェブサイトでも、その日の授業内容を確認して、それに沿って宿題をやっているの」
従姉妹同士の中学1年のアネット(13)と中学2年のジョアナ(14)は、スマートフォンの画面を見せながら、そう話す。SEPのテレビ授業プログラム「家で学ぼう」にはテレビ放送とは別にネット上にサイトがあり、学年ごとに毎日の時間割とその日に学ぶ教科の授業内容の要旨が掲載されている。
「毎日の授業の要旨がすべて保存されているので、テレビを観られなかった時でも宿題はできるのよ」
アネットが、そう微笑む。勉強熱心な中学生二人は、教科書を読み、テレビ授業もしくはYouTubeにある同じ番組を視聴して、さらにSEPのサイトで授業内容を確認。それから教師がSNSで送ってくる宿題をする。教師とのやりとりに使われているのは、SEPが推奨するグーグルの教育アプリ「クラスルーム」(Classroom)だ。
「宿題は、ここに先生から送られてくるの。それを見ながらノートでやって、そのページをスマートフォンで写真に撮って、先生に送るのよ」
アネットはスマートフォン、ジョアナはこの家に1台しかないパソコンを使って「クラスルーム」にログインし、教師とコミュニケーションをとる。初めはメールでやりとりしていたが、途中から「クラスルーム」に変わった。SEPは、教師たちに使い方をオンラインで指導し、就学している子どもたちと担当教師が直接つながるツールとして、このアプリの利用を推進している。子どもと教師は、SEPが指定するユーザーIDで、アプリを使う。
アネットとジョアナは公立の進学校に通っているため、毎日、送られてくるたくさんの宿題をこなさなければならない。「学校に通っている時よりも、宿題が多いの」と肩をすくめるが、1クラス36人前後という生徒の宿題を採点する教師はもっと大変だろう。採点されて戻ってきたというジョアナの数学の宿題画像を見ると、黄色で細かくチェックが入れられており、コメント欄には「ここの単位は何? それをきちんと書き直してから、送り返してくれる?」と、あった。
「先生はちゃんと見てくれるので、助かるわ」
と、ジョアナ。宿題をやって、締め切りの日時までに提出すれば、学年末の評価につながる。
「オンライン授業もあるのよ!」
彼女たちの中学校では、週に数回、オンライン授業も行われている。こちらにも、グーグルのオンライン会議用ツール、グーグルミート(Google Meet)が利用されている。
「オンライン授業なら、わからなかったことが質問できるし、みんなにも会えるからうれしい」
と、二人。
授業はテレビでやっているとはいえ、宿題のやりとりや生徒と教師のコミュニケーションのような「双方向性」を確保するためには、どうしてもインターネットの利用が必要になってくるようだ。
「ですから、姉妹4人でお金を出し合って、速いインターネット接続ができる契約をしました。月450ペソ(約2250円)の料金は負担ですが、子どもたちの学びのためです。仕方ありません」
教育を重視する母親たちは、そう割り切る。
アネットたちの従妹の幼稚園児にも、毎日、幼稚園から母親パウリーナ(38)のスマートフォンに、SNSを使ってやるべきアクティビティが送られてくる。それを1時間やり、その様子をパウリーナが数分間撮影して、動画を幼稚園に送る。衣料品店で働く彼女は、肩をすくめて少しぼやく。
「仕事から帰ってきて、娘にそれをやらせるのも大変ですし、動画を送ったりする携帯電話料金もバカになりません」
インターネットを使うことで、親にはネット代、携帯電話代、電気代など、様々な追加出費があるわけだ。
そうやって環境を整えてもらっていても、子どもたちはやはりテレビやオンラインを使った授業だけでは、ストレスが溜まると訴える。
「教室で、先生と対面でみんなと授業を受けるほうが好き。だって、わからないことがあっても、すぐに聞けるし、答えてもらえるから。クラスメートの意見も直に聞けるし、あとから気軽に話し合ったりもできる」(ジョアナ)
とはいえ、親にしてみれば、経済的な負担があるにせよ、コロナ下でも最低限の学びの機会を確保できているだけ、ありがたいというのが本音だ。