貧困とギャング団「マラス」の暴力から逃れようと、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラから、大勢の移民が米国を目指し、メキシコへ来ている。その中には、幼い頃から家庭や地域社会で虐げられ、性暴力に苦しみ、果てはマラスに脅され、祖国を飛び出した少女たちもいる。彼女たちの一部は、幸運にもメキシコに居場所を得て、新たな人生を築こうとしている。だが、そのメキシコにも、マラスの魔の手が伸びつつある。
北上するマラス
「入国管理局の勾留センター内にも、マラスのメンバーが入り込んでいるよ」
メキシコ南東部のグアテマラ国境に近い町、タパチューラに拠点を置く人権団体「フライ・マティーアス・デ・コルドバ」のサルバは、勾留されている移民からそういう話を聞くと語る。
「“偵察係”として入り込んだマラスのメンバーは、マラスから逃れた人間の中で、誰がメキシコに来ているのか、誰が強制送還になるのか、あるいはメキシコに残るのかをチェックして、外の仲間に報告しているそうだ」
祖国での危険を回避し、メキシコにたどり着いても、一度マラスに目を付けられた者は、簡単にはその手から逃れられないということだ。しかも、そうした「偵察係」の存在を、入国管理局の役人は黙認していると見られる。
「タパチューラの町の中央広場でも、時々、明らかにマラスメンバーだと分かる連中を見かける。腕や首筋にタトゥーをした男が、ベンチなどに座って、辺りの様子をうかがっているんだ」
2014、15年に取材したホンジュラスの首都テグシガルパやサン・ペドロ・スーラのスラムは、地域ごとに、マラ・サルバトゥルーチャ(MS-13)とバリオ・ディエシオチョ(M-18)といった二大マラスに仕切られていた。この町ではまだそのようなことはないが、それらマラスのメンバーがかなりいることは確かだ、とサルバは話す。
ベルギーのブリュッセルに本部を置くシンクタンク「インターナショナル・クライシス・グループ」によると、メキシコ南部地域は現在、麻薬犯罪組織の縄張り争いが激しくなっており、それに乗じてマラスの進出が加速しているという。かつては、凶悪なことで知られるメキシコの麻薬カルテル「ロス・セタス」と「カルテル・デ・シナロア(大ボスの「エル・チャポ」ことホアキン・グスマンが米国で裁判にかけられている)が、この辺りの中米からの麻薬密輸ルートを支配していた。ところが、それらが分裂し、抗争を繰り返すうちに、「カルテル・デ・シナロア」から分かれた「カルテル・デ・ハリスコ・ヌエバ・へネラシオン」と、MS-13などの中米のマラスも勢力を伸ばしてきた。これにはホンジュラスやエルサルバドル、グアテマラにおいて、政府による武力を使ったマラス殲滅(せんめつ)作戦が進行していることも影響していると考えられる。
メキシコ国家人権委員会によると、メキシコにおけるマラスの存在は、20年以上前から知られていた。最初は、各地に小さなグループが点在しているだけで、二大マラスが抗争を展開しているわけではなかった。ところが近年、MS-13とM-18が本格的な縄張り争いを始めており、それはタパチューラがあるチアパス州において最も顕著だとされている。グアテマラと隣接するチアパス州では、2016年に13人のマラスメンバーが逮捕されたが、今年(18年)2月までにその数は計161人になったと、チアパス州市民安全保護局は報告している。逮捕されたメンバーは、刑務所の中から外の仲間に命令を出していると言われる。
彼らは、縄張りで麻薬密売に携わるだけでなく、住民を恐喝し「税」を集めることに力を注ぐ。また、縄張りを通過する移民たちから金品を奪ったり、彼らを誘拐して家族に身代金を要求したり、少女や若い女性を性産業に売り飛ばしたり、といった犯罪行為を働いている。仲間を増やすために、メキシコ人の若者をリクルートするのはもちろん、逃げてきた移民青年たちにも、マラスに入るよう、あるいは戻るよう、脅しをかける。そのために、勾留センターや町の広場で「獲物」を探しているわけだ。
タパチューラでは、彼らが移民のための一時滞在施設周辺にまで現れ、犯罪や暴力事件を起こしている。それは移民だけでなく、その地域の住民までもが身の危険を感じる状況だ。
支援と偏見のはざまで
「移民の家『ベレン』に行ってみるといい」
サルバのアドバイスに従い、国境視察の翌日、私たちはタパチューラ市内にある移民の家「ベレン」を訪ねた。車で施設に近付いていくと、施設の正面に、着の身着のままで旅をしてきたと分かる男女十数人が、疲れた表情で座り込んでいるのが見えた。車を降りて、彼らに挨拶をしながら施設に入る。入り口では、この日の宿泊を希望する人たちが、職員に名前や出身地などを告げていた。左手に事務所があり、私たちに気付いた所長の男性(60)が用件を聞きに出てくる。移民の状況を取材しているので、どんな人たちがどのような支援を受けているのか知りたいと伝えると、所長は少し考えてから、「移民の皆さんの話は、外で自由に聞いてください。施設内は、私が案内しましょう」と、応じてくれた。