ジャーナリストの工藤律子さんが、人の暮らしと環境を軸に 「つながり」と「協力」に基づく新しい経済活動に取り組む現場を求めて、日本各地を訪ね歩く。
日本では、まだ食べられるにもかかわらず廃棄されている食べ物が年間約600万トンある。「食品ロス」と呼ばれるものだ。その一方で、貧困問題は年々深刻化しており、食べるに困る人は確実に増えている。そういう人たちに食料を無償で届け、食品ロスも減らす活動をしているのが、「フードバンク」と呼ばれる団体・活動だ。日本には現在、農林水産省が把握しているだけでも136のフードバンクがある。その中でも、「フードバンクちば」は、地域の様々な組織や人のつながりを生かしたユニークな事業だ。
きっかけは失業・就職困難者への支援
「そもそも食品ロス対策や困窮者への食料支援として始めたわけではないんです」
「フードバンクちば」の代表を務める菊地謙さん(53)は、そう話す。フードバンクちばは、1987年から千葉県で活動する「ワーカーズコープちば(企業組合 労協船橋事業団、理事長は菊地さん)」が、2012年5月、失業者や就職が困難な人への支援のために立ち上げた事業だからだ。
ワーカーズコープちばは、「日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会」に所属する地域労協(労働者協同組合)・事業団の一つで、組合員が一人5万円ずつ出資し、協同で病院の清掃や生活協同組合(生協)と連携した物流業務などの事業を立ち上げるところから始まった。その後、地域の福祉事業所や食堂・売店の経営など、色々な分野に事業を拡大。大勢の失業者を生んだリーマンショック後の2011年には、困っている人の生活支援や就労支援を軸とした地域づくりや仕事おこしの事業を開始し、その延長線上でフードバンクに取り組みはじめた。
「千葉市の生活保護受給者支援事業を委託された際、生活保護が必要な人の中には長く引きこもっていたりして、すぐに就労するのが難しい人が多いことに気づきました。そこで、まずはボランティアなどで外へ出て働く機会を増やして、就労につなげていくプログラムを用意することにしたんです」
地域のNPOや福祉施設に依頼して、ボランティアとして受け入れてもらい、就労体験のできる場所を探した。ところが、年齢が高い、病気や障害を抱えているなどの理由で、既存の組織で働くのが困難な人もいた。彼らに自前で活動の場を提供できないかと考えていたところに、フードバンクのアイディアが出る。
「東京にあるフードバンクの人が、勉強会の講師としてきてくれた時、『応援するから千葉でも創ったら?』と言ってくれたんです。それで、やってみようかということに」
地域と人々のニーズに応じて仕事を考えるワーカーズコープらしい判断だ。
それから2019年3月までは、千葉市から委託された事業の予算でスタッフを配置し、支援対象者のボランティアとともにフードバンクちばを運営した。初めは認知度が低く、配る食品も東京のフードバンクから調達していたため、活動は週1回程度に留まる。その後、徐々に需要が増し、今では常勤1人とパート1人が、2、3人の市民ボランティアとともに月・火・木・金の週4日間、活動している。主な作業は午後1時半から4時すぎまでだ。
「2019年3月に市からの受託事業が終了してからは、予算がなくて交通費などが出せないため、生活保護受給者のボランティアは参加が難しくなりました。その一方で、社会的なニーズと認知度が高まり、県内のフードバンク利用者がどっと増えてきて、フードバンクは忙しくなってきています」
協同とつながりの賜物
2020年度、フードバンクちばは、計74トン近い食品を集め、必要とする人々に届けた。集まった食品の約56%は個人からの寄付で、残りは企業・団体からだ。定期的に食品を届けてくれる企業10社と、不定期な寄付をしてくれる企業を合わせると、およそ50社からの協力を得ている。
フードバンクちばの強みは、「フードドライブ」を通して個人からの寄付を集める、広いネットワークを持つことだ。フードドライブとは、家庭で余っている食品を持ち寄り、地域の福祉団体や施設、フードバンクなどに寄付する活動を指す。
「フードバンク設立当初は特に、企業とのつながりが何もなかったので、地域で食品を集める取り組みを始めました。しかし、なかなか集まらない。そこで、つながりのあった社協(社会福祉協議会の略。社会福祉法に基づき、社会福祉活動を推進することを目的として全都道府県・市町村に設置されている民間組織)さんに相談したところ、協力してくれることになり、フードドライブをしっかりやれるようになったんです」
菊地さんが言うように、それはまさにワーカーズコープちばが長年培ってきた県内の様々な支援機関とのつながりと、協同組合間の連帯の賜物だ。