2024年8月30日、映画『威風堂々 奨学金って言い方やめてもらっていいですか?』(なるせゆうせい監督・脚本、トリプルアップ配給)が公開されました。この映画はサブタイトルからも分かるように、奨学金問題を取り上げています。
物語は、高校3年の主人公・唯野空(池田朱那)が、「奨学金」を知るところから始まります。第一志望の国立大学受験に失敗し、授業料の高い私立大学に進学した彼女は、奨学金という名の「借金」を背負うことになり、そのことが後の大学生活に大きな影響を与えるのです。映画では奨学金を借りた空の「苦闘」が、家族、恋人、友人など、さまざまな人間関係を織り交ぜながらリアルに描写されています。
本作品の特徴は、何よりも「奨学金問題」をテーマにしているところにあります。これまでもストーリーの中に奨学金が登場する映画はありました。しかし奨学金問題をメインに据えて、掘り下げた映像作品は初めてでしょう。これまで奨学金問題の解決に取り組んできた私にとっても、とても嬉しいことです。一方で、こうした映画が最近になって公開されたことの意味を考えると、喜んでばかりはいられない気持ちになります。それは奨学金問題が依然として解決しておらず、若者を苦しめていることを暗示しているからです。
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私は奨学金問題への取り組みを12年前から本格的に開始しました。2012年9月に学生たちとともに「愛知県 学費と奨学金を考える会」を結成し、翌13年3月には奨学金返済困難者の救済と奨学金制度の改善を目指して「奨学金問題対策全国会議」を設立しました。
これらの団体が生まれたことで、奨学金返済に苦しむ若者の現状を捉え、奨学金制度の改善を提言することが可能となりました。14年度には早くも、奨学金返済を延滞した場合の延滞金賦課率の引き下げ(10%→5%)や奨学金返済猶予期限の延長(5年→10年)が実現するなど、制度の改善が進みました。
15年度に入ってからは、労働者の生活や福祉の向上に取り組んでいる労働者福祉中央協議会(中央労福協)と連携して、返済不要の給付型奨学金制度の導入を求める取り組みを強めました。ここでも多くの人々の支持を集め、17年度から給付型奨学金の一部先行実施、18年度から本格実施となりました。
20年度には高等教育無償化と称して「大学等修学支援法(大学等における修学の支援に関する法律)」が施行されました。無償化という点では余りにも不十分であるものの、支援対象者には授業料・入学金減免と給付型奨学金がセットで提供され、給付型奨学金を受けられる学生数が増加したという点では一定の改善が進みました。
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このように奨学金制度の改善は着実に進んできました。しかしそうした尽力にもかかわらず、この映画が制作されたということは、制度の改善は道半ばであり、未だ解決していないことを示しています。問題提起から12年を経てなお、奨学金が利用者を苦しめているのはなぜでしょうか?
これまで、学費が高いにもかかわらず多くの若者が大学に進学できたのは、主に親などの保護者が学費を支払えていたからでした。これを「学費の親負担主義」と呼ぶことにします。
学費の親負担主義を可能にしたのは、戦後に確立した日本型雇用の特徴の一つである「年功序列型賃金制度」です。子どもが大学生になる頃には親の賃金が学費負担可能な程度にまで上昇する賃金構造によって、子どもたちは大学に進学できたのです。1990年代半ばまで奨学金利用率が2割程度だったのも、そのあたりに要因があったことは間違いありません。
しかし90年代半ば以降、賃金構造は大きく変容しました。たとえば厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、95年に545万円だった世帯所得の中央値が2012年には432万円にまで低下しました。これは年功序列型賃金制度が大きく揺らいだことを意味します。世帯所得の低下で多くの親は子どもの教育費負担が苦しくなり、その表れとして大学昼間部の奨学金利用率が1996年度の21.2%から2012年度には52.5%へと上昇しました(日本学生支援機構調べ)。賃金構造の変容によるマイナス分を奨学金が補ったことになります。
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そして奨学金以外のところでは、現役を退いた祖父母たちも学費支払いに駆り出されました。
1990年代後半に私が大学教員として勤務し始めた頃から、学生との会話の中に「祖父母」というワードが出てくる頻度が、年々増えていくことに気がつきました。特に「祖父(祖母)に学費を払ってもらわなかったら、この大学に来ることはできませんでした」という趣旨の発言を聞く機会は、2010年代初頭にかけて顕著に増加していきました。大学の卒業式で、学生が祖父母と一緒に記念撮影した写真も、SNSに多数アップされるようになりました。卒業にあたって学費を払ってくれた祖父母に感謝を……ということなのでしょう。
日本型雇用が絶頂なりし戦後の高度経済成長期に現役だった世代は、退職金や老齢年金の支給額も高い傾向にあります。厚生労働省の「就労条件総合調査(旧賃金労働時間制度等総合調査)」によれば、1997年の大卒者の男性定年退職者(勤続20年以上かつ45歳以上)の退職金平均額は2871万円と過去最高額でした。この経済的に余裕ある祖父母世代が、息子/娘に代わって孫の学費援助に加わったのです。そのおかげもあって、学費の親負担主義が崩れた後も、若者の大学進学率は上昇し続けることができました。
それでもなお奨学金を申し込む学生は増加の一途をたどり、彼らは卒業後に多額の返済をしなければならなくなりました。やがて奨学金利用者は全体の約5割まで達し、2010年代後半には返済に苦しむ様子が新聞やテレビなどのメディアで多数報道されるようになったのです。
そうした状況の中でも彼らの多くは、卒業後に奨学金を返済していました。1990年代半ば~2010年代初頭は大卒者の就職率も低く、若年雇用の不安定化が特に深刻だった時期です(就職氷河期)。当然、経済状況が厳しかったにもかかわらず、彼らが奨学金を返済できていたのはなぜでしょうか?
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それは必死に返す努力をした若者が多かったことに加えて、一定数以上の親や祖父母が、奨学金返済を援助したからだと思います。このことに気がついたのは、12年に私が奨学金制度改善の活動に取り組み始めてすぐの頃でした。奨学金問題について講演を行うと、親/祖父母世代と思われる参加者から、「子/孫が借りた奨学金を自分たちが返している」「子/孫に全額返済させるのは可哀そうなので協力している」「子/孫が結婚するにあたり、残っていた奨学金をまとめて返してやった」などの声を数多く耳にしました。
15~16年に行われた中央労福協の「給付型奨学金制度の導入・拡充と教育費負担の軽減を求める署名」には、実に303万8301筆もの署名が集まりました。私も協力しましたが、賛同者は主として親/祖父母世代の人でした。そこには子や孫の奨学金返済に「親族として関わった経験」が、一定以上影響していたように思います。