皆さんの中にも、「学費を出してもらっている以上、親や家族に感謝するのは当然」と考えている人はいるかも知れません。私も、学生が親に感謝することを否定している訳ではありません。しかし感謝の気持ちを通り越して、「お金を出してもらっているから」と、親の意見に全く逆らえないほど強く束縛されている学生が目立ってきていることは、大きな問題だと思います。そこでは家族主義が「助け合い」という美徳ではなく、むしろ「抑圧」になっている気がします。
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大学など高等教育機関に通う年齢の若者にとって、親から自立して、自由に思考する能力を身につけることは重要な課題です。あまりにも親に強く束縛されている状態は、自由な思考や行動を抑圧することにつながります。近年その関係は、祖父母にまで拡大してきているのではないでしょうか。
「学費を出してもらったからといって、親や祖父母に束縛される子どもばかりではないだろう」という意見もあるでしょう。しかしAさんの場合は叔母の言葉を受け入れた点から、「学費を出してもらった」見返りとして「介護を行うことは当然」という考え方が家族の中で共有されていたことが分かります。
教育費の「親負担主義」あるいは「祖父母負担主義」のいずれも、「家族主義」であることに変わりはありません。Aさんは、教育費に関しての「家族主義」に束縛され、祖母の介護を一人で担うことを強いられました。このことはDV(家庭内暴力)であったと私は思います。Aさんは家族主義という名の抑圧と暴力にさらされていたのです。
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今回の事件は、考えれば考えるほど辛くなる事例です。このような悲劇を繰り返さないためにはどうしたらよいでしょうか?
第一に、ヤングケアラーや若者ケアラーの実態調査を行い、支援体制を充実させることです。若くして家族のケアを担っている人たちの存在を「可視化」し、彼らを支援する体制を自治体や政府が整えることが重要です。「介護される」側への支援に加えて、「介護する」側への支援を充実させることが求められます。
第二に、介護や社会保障、教育への公的予算を大幅に拡充し、日本社会の「家族主義」を弱めることです。介護や社会保障、教育の予算不足や供給不足は、家族の「過剰負担」を常態化させており、そのことが今回のような事件を生み出す土台を形成しています。私の専門分野である教育については、公的予算増加による給付型奨学金の拡充と、高等教育の授業料・学費の減額を実現することが最も有効な政策だと思います。
ヤングケアラーや若者ケアラーへの支援を充実し、「家族主義」という名の暴力から若者を解放すること、「若者のミカタ」となるために今回の事件から私たちが学ぶべき課題はとても大きいと感じます。
参照 : 毎日新聞「『限界だった』たった1人の介護の果て なぜ22歳の孫は祖母を手にかけたのか」(2020年10月28日)