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大学入試のあり方に関する検討会議は、記述式問題についても個別試験での導入・拡大を訴えています。記述式問題をめぐる議論で私が大変疑問に感じているのは、あまりにも入試の現実を無視して、エビデンス抜きで行われてきたことです。
例えば共通テストにおける記述式問題導入の議論は、文科省が作成した「高大接続改革の進渉状況」という資料の「国立大学の二次試験において、国語、小論文、総合問題のいずれも課さない学部の募集人員は全体の61.6%」という記述が、「二次試験で記述式問題を課していない募集人数は約6割」と誤解された中で行われました。実際には、ほとんどの国立大学の理系学部の二次試験で数学、理科、英語で記述式問題が出題されていますから、現実とはかけ離れた前提をもとに議論が行われてきたことになります。
今回の提言では、「(国公立大学の)99%の入学者に対して、一般入試で短文・長文・小論文等の記述式問題が出題されている」という正しいデータに基づく議論がされています。99%の入学者ということは、ほぼすべての入学者に対して記述式問題がすでに出されていることになります。これ以上記述式問題を増やすことはほぼ不可能です。
そのため提言では国公立大学に「より高度な記述式問題を出題する方向で改善を図る」ことを要請しています。国公立大学の場合、記述式問題は量的にはすでに十分ですから、質の面での高度化を求めたということなのでしょうが、この文言の解釈はとても困難です。「より高度な」とはいったいどういう内容を意味するのでしょうか? 記述式問題には、与えられた文章の内容理解を中心とするもの、自らの主張を展開することに重点を置いたものなど、さまざまな種類があります。これらの質の違いを考えると、何がより高度かを客観的に判断することは、とても困難です。
また、志願者数の多い私立大学については「一部の選抜区分」で出題数を増やしたり、「効率的な採点・出題」を工夫したりして出題数を増やすよう要請していますが、ここにも問題があります。私立大学の場合、記述式問題を出すことが困難な要因は受験者数、採点する人の数、試験日から合格者発表日までの期間の短さなど、ほぼ実務上の制約にあります。なので個々の大学によって格差も生じてきます。
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そして今回の提言における最大の問題点は、活用・導入・拡充に「インセンティブ(成果報奨)」を付与するとしていることです。提言には次のように書かれています。
〈上記の好事例の認定も適切に活用しつつ、インセンティブの付与を検討すべきである。例えば、国立大学については、第4期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方についての検討状況も踏まえ、優れた取組も促進・評価することができるよう検討するべきである。私立大学については、私学助成のうち、特色ある取組や大学改革を推進する支援スキームを活用し、評価項目の見直し等により、他の模範となる優れた取組を促進することを検討すべきである。また、公立大学については、好事例の認定結果を設置者や設立団体に対し、法人(大学)評価や資源配分の参考に活用することができる旨通知することを検討すべきである〉
こうした財政的インセンティブの付与は、問題を一層深刻化させる危険性があります。
その第一は、入学者選抜における大学の自主性を奪う危険性です。入学試験は各大学が定めたアドミッション・ポリシーに沿って、主体性をもって実施されるべきものです。ですが、そこに財政的インセンティブが入り込むと、厳しい財政状況に置かれている大学の多くは主体性よりも成果報酬を優先して英語民間試験の活用や記述式問題の導入・拡充を行う可能性があります。
第二は、先述した「受験生の地理的・経済的格差」を拡大する危険性です。提言では「経済的に困窮している受験生」「障害を持った受験生」「日本語が不自由な受験生」などが大学進学において不利な状況にあることを指摘し、進学率の地域・男女格差にも触れたうえで公平性を目指す提案がなされています。しかし、財政的インセンティブによる英語民間試験の活用促進は、それらとは相反します。真に入試の公平性を求めるなら、むしろ教育の市場化や企業化にブレーキをかけることが必要でしょう。
第三は、入学試験の質を低下させる危険性です。英語民間試験を活用するか否か、記述式問題を導入・拡充するか否かは、それが試験問題として優れているかで判断・決定されるべきですが、そうしたことにも影響する可能性は高いでしょう。
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英語民間試験が質として優れていたり、記述式問題の出題が実務上可能であれば、インセンティブなどなくとも各大学は自ら進んで採用するはずです。それよりも今の深刻な問題は、教養部の廃止や国立大学の法人化、財政事情による人員削減のため、試験問題を十分な時間をかけて作成し丁寧に採点することが、多くの大学で困難となっている状況です。若者に質の高い教育を提供するなら、各大学が自ら立てたアドミッション・ポリシーに則した入学試験の実施は必要不可欠でしょう。それらを可能とする人員・体制整備に向けて予算拡充を図ることが、何よりも重要だと私は思います。