2021年7月8日、大学入試や高等教育、支援教育などの専門家や有識者で構成される「大学入試のあり方に関する検討会議」から提言が出されました。大学入学共通テストでの英語民間試験の活用と国語・数学の記述式問題の実施は、共に「困難である」として導入を断念することを求める内容となっています。
私は19年夏以降、共通テストにこれらが導入されることに大きな問題があると考え、反対を表明しました。そして同年10月、「入試改革を考える会」を結成し、代表となって入試改革反対への取り組みを強めました。この問題は萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言によって、英語民間試験の活用への批判が強まり、英語民間試験の20年度からの実施見送りが決定(連載第1回「萩生田文科相『身の丈』発言が生み出した教育国会」)。国語・数学の記述式問題の導入も見送ることが決まりました。
英語民間試験の活用と国語・数学の記述式問題の導入に反対してきた私の立場からすれば、今回の提言によって25年度以降の共通テストにおいても両者の導入断念がほぼ決まったことは、喜ばしいことです。しかし、提言を丁寧に読むと入試改革に新たな課題が生まれていることが分かります。
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検討会議の提言は、共通テストへの英語民間試験の導入には事実上の見送りを求めましたが、導入すること自体には反対しておらず、各大学の個別試験での活用や導入を求めているのです。提言では次のように述べられています。
〈英語資格・検定試験の活用を大学入学共通テストの枠組みで実施しないことにより、地理的・経済的事情への配慮の問題は相当程度解消されるが、個別試験における資格・検定試験の活用については、例えば、検定料の減免やアクセスしやすい会場の設定等を含め、文部科学省には、関係機関・団体と連携・協力し、必要な措置を講じることが求められる〉
この中の「大学入学共通テストの枠組みで実施しないことにより、地理的・経済的事情への配慮の問題は相当程度解消される」というのは本当でしょうか?
英語民間試験の活用は、個別試験で行われてもその実施会場が全国各地で増加しない限りは、地域格差の問題は依然として残ります。また、経済的事情への配慮についても同様です。英語民間試験の受験料は高く、しかも近年値上がりが続いています。TOEICは21年10月以降に行う「Listening & Reading」の受験料(税込)を現行の6490円から7810円に引き上げることを発表しました。実用英語技能検定(英検)も21年度の検定料の値上げを発表。本会場での1~5級の検定料を1300~2300円、学校など準会場での2~5級の検定料を主に300~1000円引き上げるとしています。
提言には「低所得層への受験料の減免」がうたわれていますが、それが実現される保証はありません。実現したとしても一部の低所得者層に留まれば、それ以外の多数の受験生にとっては経済的負担が増すことになります。
また、英語民間試験の活用において、20年度からの導入予定時にはあった「高校3年時の2回に限る」という回数制限が今回の提言では外されています。英語民間試験の回数制限は、経済的な有利不利を規制するという意味があったはずです。この制限があっても、事前に練習として英語民間試験を何度も受けられることが不平等につながるという批判が行われてきました。今回の提言を鵜呑(うの)みにすれば、格差はむしろ拡大してしまう危険性が高いでしょう。
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英語民間試験の活用については、もう一つ疑問点があります。提言では次のように書かれています。
〈資格・検定試験を活用する場合、具体的な活用としては、例えば、①大学入学共通テスト又は個別試験で「英語」の出題を継続しつつ、資格・検定試験スコアでの代替等を認める選抜区分を設定する方法、②資格・検定試験スコアを必須とする選抜区分を設定する方法などが考えられるが、地理的・経済的事情への配慮の観点から、国際的に活躍する人材育成を行うなど、総合的な英語力を特に重視する入学者受入れの方針(アドミッション・ポリシー)を持つ大学・学部以外の場合は、例えば同じ学部において、スコアを利用しない選抜区分(いわゆる非利用枠)を設ける、当該大学の定める利用方法において資格・検定試験と個別学力検査のいずれか有利となる方を選択的に使えるようにする等の措置の設定が望まれる〉
堅苦しい文章でわかりにくいですが、要するに、民間試験の導入で不公平が生じるかもしれないことを事実上認め、民間試験を活用しない受験枠も同時に設けたらどうか――という提案だと受け取れます。 ですが果たして、それで格差や不平等を是正することができるでしょうか?
私は、たとえ資格・検定試験スコアを利用しない選抜区分を設けても、地理的・経済的格差は是正されないと思います。
理由は簡単です。資格・検定試験を必須とする選抜区分では、都市部に住む経済的に豊かな家庭の出身者が有利です。それに対して資格・検定試験スコアを利用しない選抜区分では平等な条件で試験が行われますが、地方に住んでいたり、経済的に豊かでなかったりする家庭の受験生が有利になるわけではありません。これでは真の意味では平等とは言えず、格差が是正されないことは明らかです。