返済不要の給付型奨学金が導入されて以後、高等教育の学費についても政府の側から大きな動きがありました。高等教育の「無償化」と名づけられた「大学等における修学の支援に関する法律(大学等修学支援法)」の制定です。この法律は、住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯出身の学生に対する大学等の授業料・入学金の減免と、給付型奨学金の拡大を内容としています。
授業料の減免措置は、国公私立の大学・短期大学・専門学校・高等専門学校(4年生以上)を等しく対象とした点では、これまでになかった制度です。また給付型奨学金についても、それまでに比べて増額が行われています。18年度の給付型奨学金の予算が105億円であったのに対して、20年度の大学等修学支援法の予算は4882億円まで増加しました。
しかし大学等修学支援法は、政府が宣伝した「高等教育無償化」とは大きく異なっています(イミダスオピニオン「『高等教育無償化』のウソ」)。大学等修学支援法の対象となったのは21年度31万9000人で、これは大学・短大・専門学校・高等専門学校在籍者数約340万人の内の約9%程度にとどまっています。
この法律を制定した政府の狙いは、12年以降の奨学金制度改善運動の広がりが、政府の「受益者負担」論に基づく教育政策への根本的批判へと発展するのを回避することにありました。奨学金利用率が50%を上回ったことから、中間層までも含む社会問題として認識され始めた奨学金や学費への関心を、最小限の財政出動によって鎮静化させることが狙われたのです。
一部の貧困層を「無償化」の対象とする「選別主義」によって学費や奨学金問題の矮小化をはかり、貧困層のみを「無償化」の対象とすれば、貧困層と中間層の「分断」を促進できます。一方で、無償化の対象にならない中間層に高額の学費負担を続けさせることによって、高等教育費での受益者負担をやむなしとする大衆意識を継続させることが目指されました。受益者負担の意識が継続する限り、教育費の脱商品化(=無償化)へ向けての社会的要求が高まることはありません。大学等修学支援法は貧困層と中間層との連帯を断ち切り、分断を生み出すことで、教育政策の根本的転換を回避することが狙いとなっています。
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12年以降、奨学金制度改善の取り組みはどんな成果を上げてきたでしょうか?
「愛知県 学費と奨学金を考える会」は、「給付型奨学金の導入」「貸与型奨学金の有利子から無利子への移行」を掲げて運動を開始しました。先述のように、17年度から給付型奨学金制度が導入されました。また、12年に有利子貸与が91万人、無利子貸与が37万人であったのが、20年には有利子貸与が71万人、無利子貸与が48万人となっており、有利子貸与が減って無利子貸与が増加しています。そうした成果から2つの目標は、一定程度達成されたと考えられます。
社会運動がその目標を達成することは容易ではありません。その点では奨学金制度改善の取り組みは、稀有な成果を上げてきたといえるでしょう。当事者である学生が立ち上がったことに加えて、奨学金問題対策全国会議や中央労福協といった多様な人々・組織が協力する幅広いネットワークが構築されたことが、大きな力となりました。
とはいえ、学生の困難な状況がなくなった訳ではありません。給付型奨学金の利用者が増加したといっても、それは学生全体の1割未満にとどまっています。また「有利子から無利子への移行」が進んだといっても、有利子貸与の人数の方が無利子貸与の人数よりも多い状況は現在でも続いています。
新型コロナウィルスの流行が始まって以降、学生への食料支援や「生理の貧困」なども大きな話題となりました。それは学生の困窮が現在でも続いていること、そして学生への支援が依然として不十分であることを物語っています。
貸与型奨学金の「有利子から無利子への移行」を一層加速化し、可能な限り早く「貸与中心」から「給付中心」へ抜本的転換を行うこと、そしてすべての学生を学びやすくするための高等教育政策の実現、具体的には高等教育予算の拡充による「学費の引き下げ」を実現することが今後の課題となります。高等教育予算が少なく抑えられ、学費高騰が続いてきたこれまでの日本の高等教育政策の歴史を考えれば、実現困難であることは間違いないでしょう。しかし、ここ10年間の奨学金制度改善の取り組みを踏まえ、これから10年間の課題として挑戦して行きたいと考えています。