明けて7日の朝食時、学生たちが発表内容について話し合う声が聞こえてきました。あるテーブルでは、東日本大震災の時に自分たちはどうしていたか、それぞれが震災体験を語り合っているようでした。別のテーブルでは「発表の原稿を書いたけれど、2日間の豊富な経験を言葉にするのが難しい」「こんなことしか書けないかと悲しくなる」と、経験を言葉にすることの困難さについて語り合う場も生まれていました。
これは私にとって嬉しいことでした。課題を提示したことで、学生同士が共通のテーマでお互いの認識を突き合わせる場ができたからです。その結果、フィールドワークで得られた経験に対し、一人ひとりの学生がいかに真剣に向き合ったかがよく分かる発表を会議では聞くことができました。特に、被災地で出会った元教員の話を聞き、自分が教師としてどう生きていきたいかを語った学生の言葉は心に残りました。
日本においては、100年前の関東大震災に教訓を得て「防災の日」が制定され、各学校でも防災訓練が毎年行われてきました。しかし、冒頭にも述べたように1995年の阪神・淡路大震災、そして2011年の東日本大震災以降は「防災教育」という新たな取り組みが必要となってきています。今年の夏も異常気象による猛暑、そして豪雨・台風による被害が各地で発生しているのは周知のとおりです。これは日本に限ったことではなく、世界に目を向けても震災、山火事、水害などのニュースが日々報じられ、災害が「日常化」する中で防災教育の重要性はますます高まっていると言えます。
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私は防災教育を、狭い意味での「災害対策」と捉えてはならないと考えています。気候変動や地球環境の変化による自然災害で、人類が「生存の危機」に直面するやもしれない高度な「リスク社会」の時代に入り、子どもたちを教え守る仕事を選択した私たち、そんな将来をめざす若者たちはどう心構えるべきか? 私は、防災教育は「未来を構想する教育」だと思います。大変に難しい投げかけかもしれませんが、こうした課題に応えることが、これからの教育者に求められていくことでしょう。
武蔵大学の教職課程で防災教育を行うことは、学生たちが将来教職に就くうえで「リスク社会」に的確に対処する力を身につけ、学校教育の現場に「安全」を広げることにつながる可能性をもっています。多賀城高校のように防災学を本格的に学ぶ高校生がすでに存在しているのですから、こうした実践を広げていくことは十分に可能ですし、そこに期待したいと思います。
高度産業化社会を実現した私たち人類は、一定の豊かさを実現すると同時に、温暖化をはじめとする気候変動を引き起こし、それが地球環境に異変をもたらしていることは、さまざまな事象から明らかになっています。とりわけ20世紀後半以降に、急成長することで高度産業化社会を実現した先行世代は、現在の若者たちに「災害」や「生存の危機」と常に隣り合わせの過酷な条件を課してしまったと言えるでしょう。今夏の暑さは「地球温暖化」ではなく「地球沸騰化」と呼ばれましたが、温暖化による地球の異変や自分たちの「生存の危機」を多くの人が感じざるを得なくなる状況が生み出されています。
学生たちがフィールドワークで見せた表情やそこで発せられた言葉は、災害の恐ろしさと、それが自分自身にも襲いかかる危険性があること、そしてその危険性は明らかに日々高まっていることを彼らが認識していることを示していました。
私の防災教育の実践は始まったばかりです。私自身も「生存の危機」に直面する当事者の一人として、また若者の生存にとって「過酷な条件」を課してしまった先行世代の一人として、防災教育の課題と可能性をこれからも考えていきたいと思います。
東日本大震災の被災地におけるフィールドワークは3日間の短い期間でしたが、人が生きることの意味、自然との向き合い方、防災教育の意義、教育の困難と可能性など、多くのことを考えるきっかけを与えてくれました。ここで与えられた課題を、学生たちとともにこれからも考えていきたいと思います。