国立大学の増加を抑え、私立大学の拡充で高等教育の大衆化を実現したことで、日本では国立大学が希少かつ伝統ある存在となりました。そのため高等教育システムの中でも、威信や難易度の点で上位につけています。対して私立大学は早稲田や慶應義塾などの有名大学を除き、国立大学より下位にランキングされるようになりました。進学系の高校や予備校で「国立大学〇〇名合格」といったフレーズが多いのも、そうした高等教育のピラミッド構造によるものです。
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1970年頃、国立大学は学費が安いという面でも、私立大学より圧倒的に有利な状況にありました。これでは受験生の選択において、国立大学が選ばれやすくなるのも当然です。70年代以降、「受益者負担の論理」に基づいて国立大学の学費値上げが進んだ理由の一つは、「国立大学の学費は私立大学よりも安過ぎる」という主張が、社会で一定の支持を得られたからでしょう。
次に、70~80年代頃から東京大学や京都大学などの難関国立大学に、経済的に恵まれた学生が集まる傾向が増したことの影響です。難関国立大学への進学を目指す私立中高6年一貫校の林立と中学校受験の過熱化、それにともなう塾・予備校など教育産業の拡大によって、一部の有名大学では「子どもの受験に十分な費用をかけることができる」世帯出身の学生の比率が顕著に増加しました。
最近では「経済的に恵まれた世帯の学生が国立大学に集まるようになり、私立大学より安い学費で質の高い授業を受けられるのは不平等である。こうした状況を考えれば、国立大学の学費を引き上げても構わないのではないか」という主張が社会で一定の支持を得るようになっています。こうしたことが「国公立大学の学費を150万円に」提言の背景にあると思われます。
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こうした議論に対して、どのような方策を取ればよいでしょうか? 私は国公立大学の学費を値上げするのではなく、むしろ私立大学の学費を引き下げるべきだと思います。私立大学の学費が高くなるのは、高等教育にかける公的予算の関係で、国から交付される助成金(=税金による支え)が極めて少ないことが最大の理由です。2023年度の私立大学(4年制大学622校)への公的助成である私立大学等経常費補助金は2849億円で、同年度の国立大学(4年制大学86校)の運営費交付金1兆626億円とは大差がついています。
かといって国公立大学が「恵まれている」のではありません。私立大学への公的助成が少な過ぎるのです。国公立大学の学費を150万円に値上げして、私立大学の学費水準に合わせる下向きの「公平」ではなく、私立大学への助成を増やして授業料を引き下げ、国公立大学の条件に近づけていく上向きの「公平」が望ましいと考えます。
23年3月8日、私は労働者福祉中央協議会(中央労福協)の研究会で主査をつとめ、「大学・短大・専門学校の授業料を現在の半額とする」という方針を盛り込んだ「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」を発表しました。すべての大学の授業料を半額にするのですから、引き下げ率こそ国公立大学も私立大学も同じですが、値下げ額は授業料が高い私立大学のほうが大きくなります。私は、この提言で示した形での学費の格差是正を推奨します。
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最後に、難関国立大学についてはどう考えればよいでしょうか? 私はそうした大学についても、学費値上げは望ましい解決策にはならないと思います。現時点でも経済的に恵まれた世帯の学生のほうが有利に進学を目指せる状況なのに、さらに学費負担まで重くなれば低所得世帯の学生には一層門戸が狭まり、教育格差を今まで以上に助長する危険性があります。解決のカギは、大学入学前の教育機会の平等、特に公教育の質の向上にあります。
公教育の質の向上とは、小学校、中学校、高校、特に公立学校の教育環境の充実――具体的には教員の労働条件の抜本的改善(長時間労働の是正と給与水準の上昇)と1学級20人の実現によって、家庭の貧富に関わらず、どの地域に住んでいても一定水準以上の教育を受けられる初等・中等教育システムを整備することです。「子どもの貧困」や「格差社会」が社会問題となっている今こそ、塾・予備校など金のかかる教育産業を利用することなく学力が身につき、難易度の高い大学入試にも対応できるような「公教育の充実」を、十分な公的予算投入で実現することが強く求められています。