あかり 女性の働き方でもそうですね。会社説明会で「女性が育休とりやすいですよ」とか「女性が時短勤務しやすいですよ」って話があって、初めは「自分が子どもを産んだ時、そういう制度があると働きやすいな」と、違和感なく受け取っちゃってたんです。でも就活を進めていく中で、育休はまだしも時短勤務は基本的に女性用みたいに扱われていて、「育児や家事は女性の役目」という考え方が根付いているのを感じました。こんな社会のうちは、男性と同じ働き方や、男女の賃金格差解消なんて無理なのかな。まあそれって男性だけのせいじゃなく、女性のほうもそうした扱いをすんなり受け取っちゃうみたいなのも、今までの社会構造が影響しているのかなと思います。
大内 やはり、それは「日本における特定の時期にうまくいった成長構造」が男性中心の構図であったがためで、今もってその偏りが続いているのは重大な問題だと思う。
お金があれば生きづらさは解消できる?
大内 今までの意見をまとめると、かつての「古きよき時代」に作られた社会制度はその時代の人々にとってはよいものだったかもしれないが、今の日本では時代に追いついておらず格差社会、教育難民、若い女性の生きづらさなどの温床になっていると皆さんは感じている。それが奨学金だったり、ブラックバイトだったり、時にはヤングケアラーだったり形を変えて若い世代を損させていると。世間が言うように若者の怠慢や無関心に原因があるのではなく、そもそも若者には選択肢すら与えられていない。しかも多くの若者は、そのことを理解しているけど、どうしたらよいか分からずあえいでいる状況です。では最後に、皆さんに少し「生きづらさとお金」について考えてもらいたいと思います。
そうた 僕にとっての生きづらさとは「不安」を意味していて、それを解消できるのはやっぱりお金だと思います。先ほど紹介したアニメの仕事をしている兄を見ていても、確かにお金では買えない達成感とか満足感はあるけれど、それだけでは「生きづらさ」は取り除けない。「若いんだからガマンも勉強のうち」なんて、自分が若かった時代にはお金の苦労がなかった上の世代の人たちに言われてもピンときませんね。
ちかぜ 私はクレジットカードを使いすぎてピンチになったことがあります。使いみちは自分の買い物なんですけど、大学生でも簡単にカードが作れて、いつの間にか借金が膨れ上がってしまいました。で、もうこのままじゃ自己破産すると思って……。そんな経験からもお金がなかったら大変。たとえば親にも相談できず、サラ金や闇金にまで手を出しかねない状況に追い込まれることなどを考えると、生きづらさを解決する手段としてのお金の重要性は否定できないと思う。
ひとし 生きづらさが「不安」だとすれば、それを解決するのが「安心」。でも僕は、お金は大切だけれども、安心はお金では得られないとも思います。困った時、悩んでいる時に耳を傾けてくれて、相談に応じてくれる周囲との関係こそが「安心」を生み出している。そうした関係性はお金以上に価値があって、きっと「生きづらさ」を解決してくれると信じます。
大内 ふむ、この3人の意見の違いは興味深い。たとえば学生時代に借りた奨学金を9割以上の人が返済している、というデータがあります。そうした順調に返済できている人の多くは、ひとしさんと同じ意見をもっているのではないでしょうか? しかしその一方で、1割弱が奨学金の返済ができず窮地に追い込まれている。返済がピンチという点では、ちかぜさんと同じように深刻だ。ただ表向きは順調に見えて、実はガマンを強いられているそうたさんのお兄さんみたいな人も少なくない。結局はどれも「生きづらさ」には変わりなく、そうした学生・若者の存在を知って、私は奨学金やブラックバイトの問題を提起してきました。現在、問題なく過ごせている学生・若者もいつ厳しい状況に陥るか分からない。その点では皆さんの意見は矛盾するものではなく、学生・若者の置かれている状況の多面性を捉えているように思います。
あかり 家族の経済状況との関係で自分の仕事を決めざるを得ない人たちと比べると、自分は恵まれています。自分のことだけを考えて将来を決められるというのは、恵まれている立場だということがこのゼミで学んで分かった。先生は過去と現在を比較して、私たちの状況を「貧困」だと捉えている。それに対して、私たち自身はこれが「当たり前」と考えてしまっている面があると思う。
大内 なるほど、皆さんからすれば若者の貧困は「当たり前」という感じなんですね。むしろ「そうでなかったらおかしい」という。そして、このあかりさんの意見は重要。今の自分の周囲とは別の世界、別の状況があることを他者との比較や過去との比較で知ることは意義が大きいです。それを知らなければ、現在の自分の状況に疑いをもつことすらできないからです。
りりこ 私はお金がかからない、山奥での自給自足の生活にあこがれてます。食料はなるべく自分で作って、最低限の生活費だけを細々と稼いで。実際、そんな甘いものではないでしょうけど……。ただ、都会にいるうちは「生きづらさ」を感じない生活なんて、絶対無理だと思う。
ジャイン 私も、ライフスタイルとしては山奥の生活がいいと思う。
ちかぜ 私は、日々の生活をするだけで一杯いっぱいになってしまうのが、「生きづらさ」だと思う。反対に「幸せ」とはたとえば、自分の好きな本を1冊自由に買えることだと思う。今の社会状況だと、そんなささやかな「幸せ」さえも遠のいていく気がしてなりません。
大内 皆さんの話を聞いていると、お金がないことがそのまま「生きづらさ」につながるとか、お金があることで「生きづらさ」から必ず逃れられるという単純な話ではないような気がしてきました。むしろ、「お金に執着しなければならない」状況が「生きづらさ」を生んでいるのではないでしょうか。彼女たちが言うように、都会を離れた場所でのスローライフ的な生活も一つの方法でしょうけど、現代社会で生きる私たちにはなかなかハードルが高い。