2020年2月27日午後6時過ぎ、安倍晋三首相は新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大防止のため、全国の小学校・中学校・高等学校・特別支援学校に対し、同年3月2日から春休みまで臨時休校を要請すると表明しました。あまりにも突然の発表で、当事者である子ども・生徒、保護者、学校関係者を始め多くの人々に衝撃を与えました。
私が思うに、この安倍首相の要請にはまず2つの点で大きな問題があります。第一に、日本の憲法で保障された「教育を受ける権利」を尊重していないということです。以下に条文をご紹介します。
日本国憲法【第26条】
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
さらに憲法の第99条には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」の「憲法尊重擁護の義務」が定められています。つまり安倍首相には憲法第26条を尊重し、擁護する義務があるのです。
全国一斉休校とは、一時的ではあれ子どもたちが「学校に行くこと」=「教育を受ける権利」を損なうことになるのですから、この決定は重大です。「子どもたちの健康と命を守る」という大義名分があるとしても、憲法で保障されている「教育を受ける権利」を奪うことは許されません。安倍首相は全国一斉休校を要請すると同時に、子どもたちの「教育を受ける権利」を保障するための対策も発表するべきでしたが、それはありませんでした。
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第二に、安倍首相は自分に決定する権限のないことを要請したという点です。学校保健安全法では次のようになっています。
学校保健安全法【第20条】(臨時休業)
学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部又は一部の休業を行うことができる。
学校の休業を行うことができるのは、国ではなく「学校の設置者」です。公立学校の場合は、その学校を置いている自治体となります。しかし、安倍首相の要請の中には、決定権が自分にではなく「学校の設置者」にあることの十分な説明はありませんでした。首相の要請を受けて、萩生田光一文部科学大臣が「地域や学校の実情を踏まえた柔軟な対応」を示唆しましたが、ほとんどの自治体の教育委員会は要請に従いました。このことは安倍首相の要請が事実上の「強制」として機能したことを意味します。
2つの問題点に加えて、新型コロナウイルスの感染対策としても疑問のある点が少なくありません。
2月27日時点では、子ども・若者の感染者は少数です。専門家も今回のウイルス感染で重篤化しやすいのは高齢者と分析しており、子ども・若者でリスクが高いというデータは出ていません。十分なエビデンス(根拠)がないにもかかわらず、中高年世代に対する具体的な行動規制が行われていない段階で、子ども・若者を対象とする全国一斉休校だけが行われるのは論理的整合性がありません。
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3月2日、新型コロナウイルス感染症対策専門会議が発表した「10代~30代の若者へのお願い」にも、強い違和感がありました。若年層は重症化する割合が非常に低いことを指摘した後、北海道の感染状況を例に挙げて、都市部の「社会・経済活動の活発な若者」が他の圏域に移動し、それぞれの圏域の高齢者と接することで道内各地に感染が拡大したと分析しています。つまり、若者の活発な移動が感染拡大の原因だというのです。しかし、「社会・経済活動の活発な若者」という分析には根拠となるデータが挙げられていません。奨学金やブラックバイト問題からも明らかなように、現在の若者の多くは貧困ですから、中高年世代よりも活発な移動は難しいのではないでしょうか。
感染しやすい場所としてライブハウス、スポーツジム、屋形船、ビュッフェスタイルの会食、雀荘、スキーのゲストハウスなども挙げられていましたが、私が知っている今の若者の多くはこれらの場所にあまり行きません。これらの感染しやすい場所には、若者世代よりも中高年世代が数多く集まっていると思います。
この発表を聞いた時には、子ども・若者を対象とする全国一斉休校だけが単独で行われたことへの批判に応えるために、無理やり理由をこじつけたような印象さえ持ちました。
共働き世帯や一人親世帯が当たり前のように増加している今日、3月2日からの全国一斉休校を2月27日に要請するのは、あまりにも拙速かつ準備不足です。共働き世帯は、1980年の614万世帯から2018年には1219万世帯へと増加して、専業主婦世帯の約2倍になっています(内閣府「男女共同参画白書」)。一人親世帯も、1990年の約65万世帯から2015年には約84万世帯に増加しています(総務省統計局「国勢調査」)。
子どもが学校に行けなければ「働けない」、仕事を休んだら「困窮する」という人々の切実さを、政府は十分に認識していたのでしょうか。専業主婦世帯などの「男性稼ぎ手モデル」を想定する感覚が残っていて、共働き世帯や一人親世帯への配慮を欠いていたとすれば、それは時代錯誤だと言えます。
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3月2日から全国一斉休校を行う一方で、幼稚園や保育所、学童保育は対象に含めない方針となりました。ここにも大きな矛盾が見えます。学童保育が以前とは利用人数が全く違ってきていることを皆さんご存じですか?
放課後や長期休暇中、共働きなどで親が自宅を留守にする小学生を校舎や児童館などで預かる放課後児童クラブ(学童保育)の登録児童数は、厚生労働省によれば1998年の34万8543人から、2018年には123万4366人まで急増しています。希望したのに利用できなかった「待機児童」も、18年には1万7279人に達しています。保育所に比べると話題に上ることが少ないのですが、学童保育の待機児童も深刻な問題です。
私はこの数字を知って、正直驚きました。自分が小学生の頃と全く違うからです。私が小学校に通っていた1970年代、私自身は利用していませんでしたが、通っていた小学校にも学童保育がありました。その頃の学童保育は、利用人数がとても少なかったことを覚えています。
しかし今ではこれだけ利用人数が多いのですから、学童保育の施設には子どもが大勢います。一斉休校に対応して学童保育を午前中から開けば、狭い空間に子どもたちが長時間集まっていることになりますから、教室で授業を受けるよりも感染リスクは高くなります。
3月5日、栃木県茂木町は臨時休校の取りやめを決定しました。