2021年1月16・17日、第1回大学入学共通テスト(以下、共通テスト)が行われました。1990年から2020年まで実施されていた大学入試センター試験(以下、センター試験)が廃止され、初めての共通テストの実施だったことから多くの人が注目しました。
私は19年に「入試改革を考える会」を結成し、その代表として共通テストについて発言を続けてきました。共通テストにおける英語民間試験の活用や国語・数学の記述式問題の実施に、強い疑問を感じたからです。萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言を一つの契機に英語民間試験への批判が強まり、19年11月1日には今年度の実施見送りが発表されました。また、国語・数学の記述式問題についても正確かつ公平な採点をすることの困難さなどへの批判が広がり、その実施が見送られました。こうして共通テストの重要な2つの柱はなくなりました(本連載第1回「萩生田文科相『身の丈』発言が生み出した教育国会」)。
このように開始以前からその内容について大きな論争が起きた共通テストですが、実際に出題された問題はいかなるものだったでしょうか?
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センター試験で発音・アクセント問題、文法問題、語句整序問題が出されていた「英語(筆記)」は、共通テストでは読解問題のみの「英語(リーディング)」となりました。配点もセンター試験時の200点から100点に変更されました。それに対応して「リスニング」の配点は50点から100点に変更され、リーディングと同等に扱われることになりました。
これらは共通テストに向けて大学入試センターが17・18年度に実施した「試行調査(プレテスト)」でも打ち出されていたので、特に注目すべき点はないと思う人もいるかもしれません。しかし重大な問題があります。試行調査の出題で発音・アクセント問題や語句整序問題が削られ、読解問題のみとなったのは、センター試験の発音・アクセント問題で測ってきた「スピーキング」と語句整序問題で測ってきた「ライティング」の能力は、併用する英語民間試験で測る予定だったからです。
英語の「リスニング」「スピーキング」「リーディング」「ライティング」の4技能は、近年、英語教育改革のキーワードとなってきました。今回、リスニングの配点がリーディングと同等となったのも、この考え方に則しています。英語民間試験の導入の理由も、一つはこの4技能を測ることにありました。その英語民間試験の実施がなくなれば、当然これらの問題は追加で出題する必要があったはずです。
しかし、今回の共通テストの英語試験では発音・アクセント問題や語句整序問題は削られたまま、リーディングとリスニングのみとなりましたから、4技能ではなく2技能のみの試験となってしまいました。
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私は英語の試験において4技能を必ず同等に扱う必要があると考えてはいませんが、読解問題のみよりは、発音・アクセント問題や語句整序問題があった方が、入試としては望ましいと思います。発音・アクセント問題はどう発音し、どこを強めるかなど「話す」能力を見る問題、語句整序問題は英語の構文を身に付けているかどうかを測ることで「書く」能力を見る問題になっていて、英語力をより多面的に測ることができるからです。
この点について、英語民間試験の活用を主張していた人々の共通テストへの反応には、強い不信感を抱かざるを得ません。そもそも4技能を測れることから英語民間試験を強く推す立場であれば、今回の共通テストの英語問題はセンター試験よりも「後退」したわけで、私以上に強く批判すべきもののはずです。しかし現在のところ、彼らからそうした批判の声は全く聞こえてきません。
また、こんな見方もできます。今回、英語試験の問題をリーディングとリスニングのみにしたのは近い将来に英語民間試験の活用を予定しているから、ということです。それは、「英語民間試験の活用が始まるまでは2技能のみの試験でも構わない」と言っているに等しいことになります。これが本当なら、4技能の推進は英語教育の理念でも何でもなく、民間試験導入のための方便だと言われても仕方がないでしょう。
英語の試験問題について、もう一つ特徴があります。リーディングでは総語数が大幅に増加しました。問題、図、設問、選択肢をすべて含めると5478語となり、20年のセンター試験よりも1000語以上増加しています。英文量が多くなった代わりに、単語レベルや文構造は簡単になり、図やグラフが増えました。この試験問題を見て、新聞やテレビなどの「共通テストはセンター試験よりも思考力を測る問題となっている」という報道に大きな疑問を感じました。
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今回の英語試験の問題は、センター試験よりも「薄い内容」の英文がとても長くなったという印象です。英文の構造や内容を深く読み取る思考力は求められていません。大量の英文とグラフや図を組み合わせて答えを出すというクロスレファレンス(相互参照)の「作業」を、ひたすら続けることが求められています。深く読み解くことで文意などを導き出すものではなく、解答に関連する情報を発見し、素早く処理する「作業」が得意な学生に向いた試験内容となっているように感じました。
こうした英語入試の内容を「思考力重視」と説明した論者やマスコミは、果たして問題内容の検討を綿密に行ったのでしょうか? 仮に、大学入試センターの「思考力重視の入試」という説明をそのまま受け取ったのだとしたら、自分たち自身の「思考力」を再検討する必要があると思います。
英語を実際に使う場面では、複雑な構文を精読するよりも易しい英文を速読し、情報収集する力が求められているのだから、今回の問題は妥当だという意見もあるかもしれません。しかし、大学入試の重要な目的の一つは、大学教育を受けるのに必要な能力を測ることです。大学でのアカデミックな学びに必要なのは、一定レベル以上の知的な内容のある英文を読む力です。今回の英語の試験問題は、大学教育を受けるのに必要な能力を測る試験としては、不十分な内容であると言わざるを得ません。
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