2021年3月、日本社会に生きる若者の苦境を考える上で、多くの問題を含んだ調査結果が厚生労働省から発表されました。報告書のタイトルは「児童養護施設等への入所措置や里親委託等が解除された者の実態把握に関する全国調査」(以下、解除者実態調査)。これは児童養護施設などで暮らしていた子どもの退所後の生活実態について、同省が初めて全国調査を行ったものです。
この調査が行われたこと自体に、社会的養護の近年の課題が見えてきます。社会的養護とは保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと(厚労省ホームページより)です。
同じく厚労省の報告書「社会的養護の現状について(平成29年12月)」によれば、社会的養護の対象は約4万5000人とされ、そのうち約2万6000人が児童養護施設に入所しています。昨今では、家庭で何らかの虐待を受けた子どもが、全体の約6割を占めていると言われています。
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社会的養護は、これまでも法改正や予算の増額等で充実が図られてきました。残されていた課題の一つが、ケアを離れた子ども・若者への支援。進学や就職で施設などを退所した後も、継続した支援が必要という指摘が専門家から行われていましたが、この課題に正面から取り組んだのが今回の厚労省の調査です。
今回の解除者実態調査は、19年度までの5年間に施設などを退所した、約2万人を対象に行われました。そして全体の14.4%に当たる2980人から回答が得られました。
調査結果を見ると、児童養護施設の「退所時点の年齢」は18歳が60%と最も多く、19歳10.4%、15歳7.4%の順です。退所直後の進路を見ると、「就職」が1472人で49.4%を占め、次いで「進学」が30.6%、「当時通っていた学校に引き続き進学」が5.8%となっています。
調査ではケアを離れた若者に「困っていることや不安なこと」などについて、複数回答でたずねています。最も多かった答えが「生活費や学費のこと」の33.6%で、次いで「将来のこと」が31.5%、「仕事のこと」が26.6%でした。また、「過去1年間に病院などを受診できなかった経験があった」との回答は、全体の20.4%に上りました。その理由のトップが「お金がかかるから」で66.7%(複数回答)となっており、ケアを離れた若者の多くが生活に困窮している実態が浮き彫りとなりました。
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児童養護施設出身者の生きづらさは、日本社会の構造に起因しています。
第一に、高学歴化にともなう「学歴インフレ」によって、労働市場で「高卒」の価値が暴落したことです。高校の進学率が上昇した1950年代以降も高卒者の主な進路は就職でしたが、92年になると大学等への進学がついにそれを上回りました。高卒で就職する人はいつしか少数派になり、日本の新卒労働市場において「高卒」就職市場の縮小が起こったのです。
そうした変化は現在も進行中で、「社会的養護の現状について(平成29年12月)」の調査報告においても、全高卒者のうち就職する人の割合は2割を切っています。
一方、同調査で15年度末に高校などを卒業した児童養護施設出身者の進路は、大学等の進学率12.4%、専門(専修)学校等の進学率11.6%と報告され、全高卒者の大学等の進学率52.2%、専門学校等の進学率21.9%を大きく下回っています。こうした状況の中で、児童養護施設出身者の大学・専門学校等への進学が約2割にとどまり、就職者が7割以上となっているのは彼らの進路を大きく制約していることになります。
経済的貧困を理由に大学・専門学校に進学できない若者が存在している現状の改善策として、学費の引き下げや給付型奨学金の充実を私が訴えると、「高校を卒業したら働けばいい」という意見を、中高年以上の世代の方からいただくことがしばしばあります。中高年以上の世代の皆さんには、自分たちの高校時代と比べて高卒の就職者数が激減し、条件のいい就職口が当時よりも減っていることをぜひ知っていただきたいです。
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第二に、大学・専門学校等の学費と住居費を始めとする生活費がとても高いことです。2021年現在、国立大学の学費は年間53万5800円(基準額)、入学金を含む初年度納付金は80万円を超えています。文部科学省の調査で、19年度入学者の私立大学の授業料は91万1716円、入学金などを含む初年度納付金は134万723円となっています。また、東京都専修学校各種学校協会(TSK)の「令和2年度 学生・生徒納付金調査」によれば、20年度の専門学校の1年目の学費の平均は125万5000円となっています。
児童養護施設を出た若者の多くは、自立して一人暮らしをすることになります。「学生・生徒納付金調査」では、東京で一人暮らしをしながら専門学校に通う場合、収入源の平均は実家からの仕送り約9万円、アルバイト約4万円、奨学金約2万円などとなっています。それに対し、食費・住居費などを含めたひと月の出費の平均は約14万8000円です。
これだけの学費と生活費を10代の若者が負担するのは、過酷としか言いようがありません。自宅から通うことができたり、親が学費を支払ってくれたりする学生との格差は余りにも大きいと言えます。「解除者実態調査」でも、施設等を退所する前に「退所に向けて不安や心配だったこと」という自由記述式の問いに「生活費と学費を専門学校と両立してアルバイトで稼がないといけないという不安」との回答がありました。もっともな意見だと思います。
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第三に、日本社会における家族主義の強固さです。若者に対して、親や家族との関係を問うような習慣が、社会の隅々まで浸透しています。
住居や携帯電話の契約、学校への入学、奨学金の申し込み、就職の決定時など様々な場所で「連帯保証人」「身元保証人」「緊急連絡先」等が必要とされ、多くの場合には親や血縁者がなることが求められます。児童養護施設を退所した若者たちは、その度ごとに親や血縁者に頼ることができないことを説明しなければなりません。
親や血縁者以外でも構わない、と言われることは決して多くはないでしょう。親や家族が連帯保証人になれないことで、契約したい住居をあきらめたり、奨学金利用ができなくなる場合もあると予想されます。家族によって苦しめられてきた児童養護施設の出身者が、その後も社会の家族主義で苦しむことになるのは本当に理不尽な気がしてなりません。
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そこで児童養護施設出身者に対しては、次のような対策が望まれていると思います。