「アーキビスト」とは、保存期間が満了した文書について、歴史的価値のある文書を評価選別して収集、公文書館などへ移管して歴史的文書として保管し、一般の利用に供するために必要な知識を習得した専門的職能を持つ人のこと。歴史的価値のある文書を保管・利用させる国立公文書館や自治体の公文書館、企業や民間で運営するアーカイブなどで業務の中核を担う。
欧米では、以前から大学院などでの教育と実務経験などを基にした、専門職としてのアーキビスト資格認証制度などがある。こうした制度は、アーキビストの専門的職能の定義、それに基づく教育・養成システムがあった上で、アーキビスト団体による資格認証が行われていることが多い。公的に設置された公文書館や民間のアーカイブなどで、専門職として職務に従事している。
一方、日本ではこうしたシステムがなかったが、2011年に公文書管理法(公文書等の管理に関する法律)が施行され、行政機関から国立公文書館等への歴史的文書の移管の義務化や、公文書管理の適正化が強く求められる中で、専門職としての資格化が目指されるようになる。2018年に国立公文書館が「アーキビスト職務基準書」を策定し、アーキビストの職務とその遂行上必要となる知識や技能について定め、国立公文書館長が認証を行うアーキビスト認証制度を2020年9月から開始した。
職務基準書は、国や自治体が設置する公的機関のアーキビストを主に対象としたものになっており、民間も含めたアーカイブにおける専門的職能として一般化されたものにはなっていない。アーキビスト認証制度も、歴史的な公文書等を保管・利用する公的な公文書館やこれに類する機関(歴史資料等保有施設等)で、「公文書等の評価選別・収集、保存、利用、普及の業務に携わる専門職員等」を主な対象と想定しているので、国や自治体の公文書館の職員などが当面、認証される見込みだ。
職務基準書では、アーキビストを「国民共有の知的資源である公文書等の適正な管理を支え、かつ永続的な保存と利用を確かなものとする専門職」と規定し、その役割を「組織活動の質及び効率性向上と現在及び将来の国民への説明責任が全うされるよう支援」するために記録を保存・提供することとしている。また、その倫理・基本姿勢として、「常に公平・中立を守り、証拠を操作して事実を隠蔽・わい曲するような圧力に屈せず、その使命を真摯に追求」するとしている。これは、もっぱら歴史的文書を扱う公文書館等が堅持すべき使命・倫理・基本姿勢を、その中核を担う専門職にも求めたものだ。
行政機関では業務に沿って文書を作成し、文書の整理(ファイリング)して保管し、業務内容に関する責任や評価を一義的に負う。一方、公文書館やアーキビストは、歴史的価値を判断するものの、そのままの形で歴史的文書として保管することが求められる。そのため、書き変えたり、元のファイルをばらして整理し直したり一部を廃棄したり、さまざまな部署や組織の文書と混ぜて整理することはできない。ここに政治性や恣意性が介在してはならないということになる。
一方、アーキビストという専門職は、近年、自衛隊日報問題、森友学園問題など、公文書管理がたびたび問題になる中で注目され、公文書管理の不祥事への対応・解決策だという社会的期待値が先行している。本来の役割や職能と社会的イメージが必ずしも一致していない状態が見受けられ、専門職としての社会的アイデンティティーが妥当な形で確立していくかは、まだ危うい状況といえる。
公文書が民主主義の基礎となるものだという原則に立ち戻れば、政府や自治体などに十分な記録を作らせ、管理させるための健全な緊張関係を作り出す市民社会の力が必要だ。それを背景に、アーキビストの技術的・専門的支援に基づく公文書管理が進められる社会とすることを目指す必要がある。