「クソどうでもいい仕事」のこと。「Bull Shit」とは「牛のクソ」のことである。「うそ、でたらめ、たわごと、欺瞞(ぎまん)」といったニュアンスを含むスラングとして20世紀初頭から使用された。そこから「クソどうでもいい仕事」といった翻訳がなされている。
私たちの身の周りに、欺瞞に満ちた仕事、不必要な労働はないだろうか。「生活のために生活を犠牲にする」、「仕事をなくすための仕事」、「会議を減らすための会議」に日々翻弄される。それが「ブルシット・ジョブ(Bull Shit Jobs:BSJ)」だ
その一方で、本来、生活に必要不可欠な「きつい仕事」(シット・ジョブ)というものがある。保育や教育、医療などのケア領域の仕事だ。たとえば介護士とか、トラック運転手とか、ごみ収集などがそれにあたる。とりわけCOVID-19のパンデミックで、こうしたシット・ジョブの重要性が語られるようになった。そして、それに対して私たちの仕事の多くが不必要な労働なのではないかと疑義が呈されるようになったことで、「ブルシット・ジョブ」という概念に注目が集まった。
人類学者のデヴィッド・グレーバーはこう述べている。「(BSJとは)被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうでないものと取り繕わねばならないと感じている」(デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ』酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳、岩波書店)。
およそ100年前にケインズという経済学者はこう予言した。100年後には技術も進展して、私たちの仕事量は週に3日くらいで済むようになる、と。確かに100年前に比べるとパソコンもあれば、スマホもある。科学技術はものすごく進歩したはずだ。少し前までスマホもなく、ガラケーだった。それ以前は固定電話だったし、さらに遡れば一家に一台電話があるどころか、金持ちの家に一台、電話があったくらいである。テレビだって、パソコンだって、そうだ。こんなに便利になったはずなのに、なんで、こんなに仕事が多くなっているのか。なんで、こんなに仕事が多くなっているのに、給与は増えないのか。
これはブルシット・ジョブが増えたせいである。
中間管理職やら、エクゼクティブなんとかやら、CCOやら、CEOやら、正直、その存在自体、ワケがわからないが、実は彼らは許認可と無駄な会議をしているだけなのだ。そこで決定された意味不明な仕事、それも自分がやりがいを感じることができるとは思えない仕事を私たちはやらされている。実際に人々の利益を生み出す仕事とは何の関係もない。
一例を挙げよう。私は大学教員をしている。教育というシット・ジョブ=「きつい仕事」の業界の中にも、ブルシット・ジョブが入り込んでいる。
例えば、期末試験の問題を作成したら、それを事務職員に知らせた上で試験を行えばよいはずだ。段取りはそれで充分だろう。ところが、実際にはそうはいかない。まず形式的に、事務職員から私に試験問題作成の依頼がくる。それを受けて試験問題を作成し、事務職員に知らせ、その試験の誤字脱字などやフォーマットの正誤を指摘してもらい、それを修正して再び事務職員に提出し、そこから、試験を統括する別の職員に連絡が行き、別の事務方から私の方へ、試験を行っても良い旨の連絡が来て、試験を実行する。この間に、場合によっては、経理責任者への報告や予算超過を回避するための変更の申請もある。「クソどうでもいい仕事」がものすごく多いのだ。
期末試験の問題を作成すること、試験を行うこと自体は、学生たちの学問的成長につながるし、単位認定評価は教育の一環として極めて必要な仕事、つまりシット・ジョブである。だがその周辺に煩雑なブルシット・ジョブがまとわりつく。
なぜこんなにブルシット・ジョブが増えたのか。ネオリベラリズム(新自由主義。以下、ネオリベ)のせいである。ネオリベとは、資本主義と官僚制が結びついた政治的イデオロギーである。ネオリベは「市場原理主義」だから、本来は「競争」が最大の目標であるはずだ。ところが実際には、経営者たちは、自分たちのもとでどれだけ多くの人間が働いているかを巡って「競争」している。封建領主と同様に、権力の誇示のために多くの中間管理職を置きたがるのが、ネオリベ体制における経営のあり方となってしまっている。これがブルシット・ジョブが増える理由だ。ネオリベ経営のもとで働く私たちは、細かい官僚的なペーパーワークをこなすほど多くのカネがもらえるわけだ。その結果、無駄に苦労し、徒労感に苛まれる。
世の中にとって意味を持たないブルシット・ジョブはカネにつながり、反対に、ブルシットではない「きつい仕事」=シット・ジョブは見合ったカネがもらえない。要は、そういうことである。ブルシット・ジョブ粉砕、打倒ネオリベ。革命万歳。以上。
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