勃起障害は、バイアグラやシアリスといったED(勃起不全)治療薬を使用することで80%以上が改善します。これらの薬は心臓に悪い、心不全などを起こすというイメージを持っている人も多いのですが、実は逆です。ED治療薬はもともと心臓の負担を下げる目的で作られた薬ですから、血圧を下げ、心臓病のリスクを減らす効果があります。勃起するときは副交感神経優位のリラックスした状態のほうが勃起しやすいのです。排卵日に合わせてセックスをする「タイミング法」では、男性が強いプレッシャーを感じると逆に交感神経が優位になって勃起しにくくなる、という問題もあります。
射精障害は、性機能障害の中でも近年、特に増加しています。カウンセリングやマスターベーション方法を変えていくことで治療できる可能性もありますが、そもそも治療が困難だったり、治療に長時間を必要としたりするため、子どもをつくる目的を優先させる場合は、セックスでの腟内射精にこだわるよりも、とりあえず「シリンジ法」を試してみて、うまくいかなければ早めに人工授精や体外受精を選択するのがよいでしょう。
3つ目の精路閉塞障害は、閉塞している場所がわかれば手術が可能ですが、かなり難度が高い手術です。また、精子が含まれていなくても射精自体はできるため、本人に自覚症状がなく発見が遅れがちで、そもそも手術が適応とならないような精管欠損と呼ばれる場合もあります。精子の通り道が詰まったままであっても、精巣内精子回収法(陰嚢〈いんのう〉を切開し、精巣から精子を採取する手術。TESE)で精巣内の精子を採取できれば、体外受精に用いることができます。
男性不妊症改善につながるTESEや精索静脈瘤の手術は局所麻酔で、日帰りか1泊2日の入院で施術でき、保険も適用されます。
――ここまでうかがった限りでは、女性の不妊症に比べて、男性不妊症の治療や手術は、身体的・時間的な面で負担が軽いように思います。
確かにそうですね。一方、男性不妊症の難しさは、できる治療が限られているということです。たとえば、造精機能障害の過半数にあたる特発性造精機能障害は原因不明で、効果が証明されている治療法はありません。
というか、実は男性不妊症の領域で、明確なエビデンスがある治療法はほとんどないというのが現状です。男性不妊症に対する治療の「効果」は、パートナーが妊娠・出産できたという「結果」でしか測れませんが、治療と妊娠・出産との因果関係を証明することは非常に難しいのです。
たとえば、私が大学病院にいたときに携わっていた非閉塞性無精子症(精路閉塞障害ではないが、精液中に精子が存在しない状態)の治療法として、micro-TESE(顕微鏡下精巣精子採取術)という手術があります。この手術で精子が採取できるのは、たった30%ほどです。さらにその後、体外受精の成功率も通常の不妊治療より低くなるため、パートナーの妊娠・出産に至らない場合も少なくありません。このため、micro-TESEは、アメリカの生殖医学会などがつくった治療効果の指標である「エビデンスレベルC」、つまり「確実性が低い」という評価を受けています。
身も蓋もない言い方をすると、精子の機能を向上させるには、結局のところ、生活習慣の改善が大事だということに尽きるのだと思います。人体のうち最初に老化するのは生殖器で、女性は35歳を過ぎると妊孕力(にんようりょく。妊娠する、または妊娠を引き起こす力)の衰えが進むことは知られていますね。男性も、35歳以降になると精液の量、精子の濃度・運動性などが低下していくのです。老化を止めることはできないものの、そのスピードを遅くするには、たとえば良質な睡眠をとったり、適度に運動したり、健康的な食生活で適切な体重をキープしたりする、それから禁煙も大事です。コエンザイムQ10などのサプリメントや漢方薬(補中益気湯〈ほちゅうえっきとう〉等)も加齢による酸化ストレス(老化のストレス)軽減に役立つと言われていますが、これも「可能性がある」というレベルで、飲まないよりは飲んだほうがよいけれども、必ずしも効果が約束されるものではないということですね。
――そうすると、精子の機能が向上する特効薬はないけれども、地道な日々の積み重ねが実は大切だということでしょうか。
はい。不規則な生活や暴飲暴食を続けていると、細胞に損傷を与えて老化を進行させる活性酸素やフリーラジカルが体内で増えていきます(人体用語事典「細胞成分の老化」参照)。それにより精子の運動性低下やDNAの損傷が引き起こされ、パートナーの妊娠率の低下や流産率の増加につながることがわかっています。さらに、そうした状態の精子は「エピジェネティック」といって、子孫に遺伝します。活性酸素やフリーラジカルが増えにくい健康的な生活習慣を保つことは、長い人生を過ごしていく上でもよい影響があると言えるでしょう。
精液検査と男性不妊治療はどこで受ければよいか
――男性の不妊治療のスタートと言える精液検査では、何をチェックするのでしょうか。
精液量と、精液中の精子の濃度・運動性・正常形態の比率を調べます。それぞれに基準値があり、それよりも数値が低い場合は自然妊娠が難しくなります。
精索静脈瘤
精巣の中にある静脈に血液が逆流したり流れが悪くなったりして、陰嚢の精索の中にある蔓状の静脈が腫れ上がり、静脈瘤を形成した状態。
「タイミング法」
最も妊娠しやすい日(排卵日2日前~排卵日)に性交し、妊娠を試みる方法のこと。
「シリンジ法」
タイミング法と同じく、最も妊娠しやすい日を予測し、子宮の奥に届くよう、腟内に柔らかい管を入れて精子を注入し、妊娠を試みる方法のこと。