太田さんは02年に弁護士登録をして以来、おもに女性の離婚問題や相続、DVなどの家事事件、民事事件を取り扱ってきた。様々な家事事件を通じ、家族に縛られるよりもそこから自由になったほうが個人は幸せなケースもあることは、これまでの経験を通してよくわかっている。だからこそ改正草案にある憲法二十四条の「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という新設項目にも、大いに疑問を抱いている。
「与党は三世代同居の推進もしていますが、それぞれに皆きょうだいや親はいますよね? 私は三人姉妹の長女ですが、誰か一人が母と同居し独占して子どもの世話を任せてしまったら、他のきょうだいは母に頼れません。『親の独占』なんて一人っ子でもない限り無理だし、地方出身で都会で仕事をいているような人も親と同居は難しいと思います。
今の憲法二十四条には『配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない』というものですが、改正案はこれが『家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては(以下同じ)』となっています。わざわざ扶養や後見という言葉を入れたのは縦の関係の押し付けに見えるし、『家族の介護や扶養は家族の責任』ということを強調したいのかと思えてしまいます。そもそも国民に義務を課している時点で、国家権力を縛るという憲法の本質をわかっていないわけです。国民に義務を課すのは法律の役割で、親族間の扶養義務は、既に民法で定められています。これがあるからこそ、たとえば離婚後に夫側に養育費の支払い義務を課すことができています。でも実際には養育費を受け取れていない母子家庭ってものすごくいっぱいいますよね。法制度の改善で色々対応できるはずなのに、そういう『家族の扶助』をするような法律改正は全くしないまま、本来個人に義務を課するものでもない憲法に『家族は、互いに助け合わなければならない』と書くなんて、全く意味がわかりません。家族では担いきれない福祉、社会保障を削減するために、家族愛を強調するような発想が根底にあるのではないかとも感じます」
「護憲」「改憲」よりも大事なのは「知憲」
彼女がはじめて弁護士という仕事の存在を知ったきっかけは、子どもの頃に父親から「啓子は弁護士になるといいのではないか」と勧められたことだという。といっても父親は理系の会社員で、太田さん曰く「政治には疎いんじゃないかな」。企業顧問とか海外企業との交渉みたいなのをやってる弁護士をみて、ああいうのがいいと思って娘に弁護士を勧めたのではないかと思われるが、「なんだか全然違うタイプの弁護士になっちゃって」と笑った。「すごく素直な子どもだったので、父に『弁護士になるといいのではないか』と言われて、素直に『そうか、私って弁護士になるといいのか!』と思ってしまったんです。本人はもう、忘れていると思いますが(笑)。でもずっとジェンダーには関心があったので、大学生くらいのときに色々調べて、弁護士としてジェンダー問題に関わることができるのではないかと思ったんです。
たとえばセクシャル・ハラスメントは、対等ではない関係の中で生まれることがありますよね。後輩の女性が先輩の男性に対して、『誘いについていかないと昇進できないのかな』とか、『食事を断ったら失礼になるのでは』とか考えて、本当にそうしたいのかわからないけれど、ついて行ってしまう。それでいざ事件が起きると、なぜか女性の方が『お前が悪い』と責められてしまうなんて。私自身も、身近で、深刻なセクハラや性犯罪被害を見聞きしたことがあり、わかりやすい暴行や脅迫がなくても、対等ではない人間関係自体がプレッシャーになって、『下』の立場の人が意に反する形で暴力にまきこまれていく構図はよく理解できるんです。私がDVや離婚問題に取り組んできたのは、女性へのセクシャル・ハラスメントや暴力の重大さを当事者としてよくわかっているからこそ、見過ごせない思いがあるからです。力関係のなかで弱者になるしんどさがわかるというのは、憲法の発想がすっと入ってくる土壌にもなったかなと思います」
「時々、『護憲派ですか?』というような質問をされますが、私は『護憲派』という言葉は実は結構曖昧で誤解を招く言葉だから、使わないほうがいいんじゃないかと思っているくらいです。今の自民党憲法改正草案には強く反対だということは言えるけれど、憲法は103条もあるわけで、その全条文をどう変えるのにもとにかく反対というわけではないです。今積極的にここを急いで変えた方がいいというのはないですが、たとえば総理大臣の衆院解散権を縛るような改憲の必要性は、じっくり議論した方がいいと考えてます。また、一足飛びにすごいことをいうようですが、たとえば天皇制廃止をするにも憲法改正が必要です。
『憲法改正』といっても九条を変えて国防軍をつくる、というものばかりではないわけです。ですから、どんな改正案も、まずは読んでみて、知ってみないと、賛否は決めようもないんです。どんな改正案についての賛否を質問しているのかも明らかにしないで、およそ一般的抽象的に『憲法を変えるのに賛成か反対か』なんて、そんなの愚問です。大事なのは、護憲改憲以前に、まずは知ることです。そもそも憲法とはなんなのか、それから、今どんな憲法改正が議論されているのか、をです。『知憲』こそが大事だと何度でも強調したいですね」
怒れる女子会
太田さんは「憲法カフェ」と並んで、「怒れる女子会」というイベントも行っている。「もういい加減にしてオッサン政治!」がキーワードだが、ここでいう「オッサン」は世の中年男性に限った話ではない。弱者に対しての想像力が働かないすべての人間を「オッサン」とし、参加者も積極的に政治に対しての思いをぶっちゃけ、共有する。この女子会への参加をきっかけに、政治を志す女性を増やしていくことが目標だ。怒れる女子会は大小様々なものがあり、講演会、映画上映会、選挙応援スタンディング、こぢんまりした家飲みと形態も様々。太田さんが関わった企画では、これまでに、タレント・エッセイストの小島慶子さんを呼んだり、政治学者の三浦まり・上智大学教授と奈須りえ・大田区議との対談が行われ、最後に参加者どうしのおしゃべりの時間をもうけている。太田さんが怒れる女子会を呼び掛けている大きな動機には、女性が政治の意思決定にもっと積極的に関わる機会を増やさなくてはならないという思いがある。まずは、自分が抱えているモヤモヤが政治的な問題であること、社会に対して意見を言っていいことなのだという気づきを、モヤモヤを抱える同士と共有することで促したい。その気づきの第一歩の場として、「怒れる女子会」をよびかけているのだという。
「とにかく今の日本では政治の意思決定の場に女性が異常に少なすぎます。
女性の議員数が増えるのはとても大事なことで、ある程度は量が質を担保すると思いますし、法律をつくってとにかく数を増やさないと。玉石混交になるのは、ある程度は仕方がないと思っています。だって、男性議員だって玉石混淆なんじゃないですか。
女性だからというだけで優しいとか『きめこまかい政治ができる』なんてことを言いたいのではなく、やっぱり、女性としてこの社会で生きていたということが一つの大事な経験値なんですよね。男性に比べて家事責任を担わざるを得ない立場になりやすいとか、性被害に遭いやすいとか、そういう経験値をもっともっと意思決定の場に生かしていかないと。
今の議会と違って、そもそも憲法って何なのか、本当に憲法改正が必要なのかを、自分で考えられる人が政治的意思決定の場に増えていけば、社会が変わっていくと思うんです。もちろんすぐには無理なのはわかっているから、『10年、20年後に良くなればいい』くらいの長期戦で構えています。10年後に改憲されてしまったら、20年後にまた新しい良い憲法に作り直せばいいだけです。
『憲法カフェ』を模しているとしか思えない会があります。日本会議系の女性団体『日本女性の会』が主催する勉強会の『憲法おしゃべりカフェ』です。小冊子の『女子が集まる憲法おしゃべりカフェ』は、改憲に積極的な日本会議政策委員の百地章・日本大学教授が監修しています。
この本を私も読みましたが、緊急事態条項に関しては、東日本大震災のとき、ガソリン不足のために救急車が出動できなくて震災関連死が生まれたなどというデマを書いていたり(そのような事態は起きていなかったということは国会答弁で確認されました)、憲法24条の規定のために「気軽に破局」できるとか、もうなんだか、事実を踏まえてなかったりそもそも憲法はどういうものかも理解してなさそうだし、これで「憲法の勉強会」だなんて本当にとんでもないと思います。