「軍事独裁政権下の1980年代には厳しい言論統制があり、放送局は公正な報道などできませんでした。そうした中、個人で抵抗するジャーナリストもいましたが、その結果は常に、解雇や逮捕によって終わってしまったのです」
彼らはそこから、言論人も組合を作って団結して抵抗するべきだという教訓を得た。そして80年代末、放送局の労働組合は言論の自由のための闘いから出発した。
87年6月、韓国全土で100万人規模のデモが連日繰り広げられる事態が発生する。この年の1月に一人の学生が警察の拷問によって命を奪われた衝撃から、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領をはじめ軍人たちが支配する独裁政権に対する怒りが爆発したのだ。毎日のように続く巨大なデモに、ついに政権側が屈して、6月29日、軍部が民主化を受け入れることを宣言した。後に「6月民主抗争」と呼ばれる出来事だ。
「しかしこの6月民主抗争で、テレビは何の役割も果たせませんでした。民主化は市民が、言論の自由もない中で血を流して勝ち取ったものでした。言論人は、市民が与えてくれた言論の自由を今度は自分たちで守らなくてはいけないという義務感を持つようになりました」
義務感のようなもの、とは市民に対する「負い目」とも言い換えられるだろう。放送局の言論人たちは、この負い目から再出発したのである。88年、KBSとMBCの労働組合は、韓国放送史上初となるストライキを通じて、局の経営陣に「公正な放送」「編成・報道の独立」を約束させた。
「それ以来、MBC労組は、賃上げ要求のためにストをやったことは一度もありません。目的は常に、言論の自由を侵害する動きへの抵抗でした」
そしてKBSとMBCの労組は、ストの際には常に市民に連帯を呼びかけてきた。『共犯者たち』には、人気歌手と共に歌うイメージビデオを作ったり、「国民の皆さんの元に放送を取り戻します」と書いたプラカードを持って繁華街を歩いて支持を訴えたりする労組の様子が描かれる。映画には出てこないが、スト中に自主的に番組を作ってYouTubeにアップしたりもしている。
言論人たちは、さらに、自らのメディアを作ることもいとわない。チェさんをはじめとする解雇されたプロデューサーたちは、全国言論労組の支援を受けて「ニュース打破」という非営利ネットメディアを2012年に立ち上げ、政権に忖度(そんたく)してテレビが伝えないスクープを次々と放った。支援の輪が広がり、後には市民4万人の会費に支えられたインディペンデントメディアとなった。
メディアそのものが「共犯者」だった
『共犯者たち』における「共犯者」とは、直接には、「主犯」である政権からその意を受けて公共放送を歪めた経営幹部たちを指している。映画では、彼ら一人ひとりにチェ・スンホさん自身が突撃取材する様子が描かれる。取材に応じる人もいるが、言い訳を残して立ち去る人もいる。中には、「答えてください!」と叫ぶチェさんを振り切り全速力で逃げ出す元社長も登場する。責任を取らない「共犯者たち」の姿が記録されているのだ。
だが、『共犯者たち』という映画のタイトルには、言論人全ての責任を自ら問う響きがある。悪いのは幹部だけではない。積極的に取り入ろうとするキャスターも登場する。この作品は、メディア自体が権力の横暴を支える「共犯者」になってしまったのではないかと問うている。
「主犯である権力者を批判するのはたやすいことです。しかし放送局の中に、それに迎合し、放送自体を破壊した人々がいたということ。生活のためとはいえ、消極的でもそれに同調した人たちがいたこと。そのことを明らかにしておきたかったのです」
一方で、映画は「共犯者」になるまいとした一人ひとりの表情をとらえている。たとえば、一人でも声を上げようと、ある突飛な行動に出たドラマ部門のプロデューサー。ユーモラスな口調で当時のことを証言する彼だが、そのときの不安な気持ちを思い出して突然、涙をあふれ出させてしまう。当たり前のことだが、生活がかかっている職場で声を上げる決断の重さは、並大抵のことではない。
自分自身が「共犯者」ではなかったかと自問する倫理性は、言論人たちの抵抗を貫く精神でもあっただろう。それが、この映画に迫力を与え、登場する一人ひとりの人間としての顔を引き出している。
公共放送を取り戻す
チェ・スンホさんがこの映画の製作を決意したのは、2016年の秋だったという。崔順実ゲートの発覚に端を発して、朴槿恵退陣を求めるキャンドルデモが拡大するさなかでのことだ。
この頃にはもはや、社内での抵抗は万策尽きていた。KBSやMBCは崔順実ゲートに対しても積極的な追及を行わず、権力の犯罪に対して沈黙を守っていたという。デモの現場では、両社の取材車両を人々が取り囲み、「お前らはそれでも記者か」と詰め寄る光景があった。いつの頃からか、「キジャ(記者)」と「スレギ(ごみ)」を組み合わせた「キレギ」なる造語までできた。
当時、チェさんは「ニュース打破」のプロデューサーとして、情報機関の不正や冤罪事件などを追っていたが、公共放送の状況を正面から伝える映画を製作すべきときだと考えた。「朴槿恵政権が終わるかもしれない今こそ、この9年間に何が起きていたのかを市民に知ってもらおうと思いました」
「ニュース打破」を通じて支援を呼びかけたところ、8000人の市民から1億5000万ウォンが集まった。
「多くの人から応援のメッセージをいただきました。韓国の民主主義を取り戻さなければならないという切迫した思いが伝わってきました」
こうして製作された『共犯者たち』は昨年(2017年)8月に公開され、ドキュメンタリー映画としては異例の26万人の観客を集めた。この頃にはすでに朴槿恵大統領は弾劾され、リベラル派の文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足していた。
だが、KBSとMBCの状況は変わっていなかった。翌月、KBSとMBC両社の労組が大規模なストに突入する。経営トップの退陣を求めたのである。MBCの人気バラエティー番組『無限に挑戦』も放送を取りやめるほど徹底したストだったが、国民の66%以上がこれを支持した。人々は、公共放送が権力を監視する役割に立ち返ることを望んでいた。こうした世論の支持の広がりに対して、映画『共犯者たち』は大きな役割を果たした。
MBCは71日間、KBSは142日間という異例の長期間となったストの末に、11月、MBCの理事会は11月に社長を解任。KBS社長も翌年1月に解任された。
MBCでは12月、職員たちの声を聞きながら新社長人事が検討される。選ばれたのは、チェ・スンホさんだった。職員たちは、MBCへの信頼回復を彼に託したのだ。社長として初出勤したチェさんは、拍手で迎えられた。現在、MBCは、チェ・スンホ社長の下で公共放送の信頼回復を目指して奮闘している。先述のドラマ・プロデューサーは「週末ドラマ」枠で元気に働いているそうだ。