「番組名は『In Focus』と言います。まさに事件に対して複眼的に焦点をあてるという意味です。異なる民族同士がひとつの事象や事件を追ってそれをどう解釈して伝えるか。そのこと自体が、融和に向けてのワークショップになるという考えがあります。2016年の1月30日にこの共同制作ニュース番組の『In Focus』の最初の放送が始まりました。記念すべき第1回のテーマは「災害」。降雨による洪水、雪による交通マヒ等について伝えました。番組では、コソボが現在抱えている様々な課題に焦点をあてて、RTK1、RTK2がそれぞれの観点から問題点をリポートし、アルバニア系、セルビア系それぞれの民族の2人のキャスターが並んで立ち、それぞれの言語で解説するという構成になっています。その際、2つの言語の字幕スーパーが入ります。1つの番組を共同で制作し放送するのは、RTKの歴史でも初めての画期的なことでした」
――対立していた2つの民族が一緒に報道番組を制作するわけですから、かなりの軋轢もあったのではないかと思うのですが、ハレーションが起きた現場などを直接見られたこともあったのではないでしょうか。
「やはり交流が生まれると融和や調和が自然に生まれてきます。同じ報道に携わる者ですし、かつての(共存していた)ユーゴスラビア時代を知る年配者の人などは、特に自然に交流していきました。
ただ、ひとつだけ大きな衝突がありました。国名に関してです。2015年末、コソボ北部、モンテネグロ国境に近い山岳地帯の山荘で、番組の性格や取材テーマについて議論しようと合宿していたときのことです。アルバニア系職員は自国名をコソボと呼称するのですが、セルビア系職員はこれをコソボ・メトヒヤと言うのを頑として譲らないのです。メトヒヤとはコソボ南西部の地域を指していて『修道士の地』という意味で、コソボ・メトヒヤはセルビア正教の聖地であり、セルビア内の自治州であった頃の呼び名なのです。コソボの公共放送であるRTKが国名をどう呼ぶかという問題について紛糾するのを見て根の深さを感じました。考えてみれば、両民族の職員ともに家族や親せき、友人などを紛争で失っているのですから、ひと皮むいたときに出てくる敵愾心はやはり相当なものがあったと思います」
――言葉ひとつで感情が爆発するのですね。それはまた言葉を扱う放送局として大きな命題を突き付けられる時間であったと思います。技術面における支援はどのようなものだったのでしょうか。
「この技術プロジェクトは、放送系と技術系支援の2本立てで構成しています。放送系では、私たちがNHKで培った『番組制作や報道、技術の能力』をRTK職員に伝えることで、RTKがコソボの全ての市民に『正確・中立・公正』な情報を提供する公共メディアになることを目指してきました。放送の分野では当初の激しい議論を経て、前に進んできたと思います。また、技術面でも、スタジオカメラなど新規機材の導入や、インターネット回線を活用した新しい放送送出設備の設置などを行いました。特にインターネット回線を活用した設備については、ヨーロッパでも初めての試みといってもよく、BBCなども強い関心を寄せたとRTK関係者から聞きました。
ジャーナリストたちの民族を超えた連携
――8年にわたる民族融和プロジェクトの成果としては、どういうものが挙げられるでしょうか。2段階のプロセスがあって2015年から2021年9月までが第1フェーズで、そこから2024年1月までが第2フェーズと伺いましたが。
「第1フェーズはまさに協調しての番組制作、そして第2フェーズはさらにそこから押し進めて、(1)コソボ南部と北部における支局の開設、(2)公共放送として不可欠な局内における番組の内部基準やそれを実施していくための機能の充実。(3)効率的なアーカイブを機能させる。という3点を目標に設定してきました。手前みそなんですが、アルバニア人とセルビア人が協力して番組を作る第1フェーズは非常にうまくいきました。なぜうまくいったのかというと、要するにRTKの幹部や記者が公共放送をめざすだけあって根本的にはジャーナリストの気概を持っている人たちだったのです。事実の前に民族は関係ない。そしてコソボは人口の9割以上をアルバニア人が占めていますが、当事者たちが、この国は多数派のアルバニア人だけのものじゃなくてセルビア人も含めた他の少数民族も尊重しなくてはいけないという考えを根底に持っていたのです」
――そもそもコソボ建国の理念がそれでしたからね。「多民族国家である」とコソボ憲法も謳っていたし、6つの民族を星に託したコソボ国旗のデザインがそこから来ているわけですから。
イビツァ・オシム
旧ユーゴスラビア最後のサッカー代表チーム監督。1941~2022年。
「大アルバニア主義」
アルバニア民族主義者による主張の一つで、本来のアルバニアは、現在の領土にとどまらず、コソボ、ギリシャやマケドニアの一部も含むものであるとする考え。
アルバニア「本国」
コソボのアルバニア系住民によるアルバニアの呼称。