JRは国鉄(日本国有鉄道)が分割民営化されて1989年に誕生した鉄道会社だ。全国に路線を張り巡らせ、交通の中枢を担っていた国鉄だが、国有事業に付きものの非効率な経営で、巨額の借金を抱え込んでしまう。また、採算性を度外視した国鉄の存在は私鉄の経営も圧迫、鉄道事業全体に悪影響を与えていた。こうした事態を打開するために、「国鉄」をJRという「私鉄」に変えるという荒療治が行われた。しかし、分割民営化後もJRの規模は依然として大きく、他の私鉄を寄せ付けない圧倒的な存在となっている。
銀行業におけるJRに相当するのが「ゆうちょ銀行」だ。郵政民営化に伴い、郵便局が行ってきた郵便貯金や送金などの金融サービスを分離して誕生した「民間銀行」である。
銀行の基本的な機能は「お金の鉄道網」、すなわち、お金を預かり、融資に回したり送金したりという「お金の運送業務」だ。駅に相当するのが「支店」であり、ここで乗客である「お金」を乗せて、融資を求めている人などに送り届けている。
銀行の大半は民間銀行という「私鉄」。メガバンクや地方銀行、信用金庫など様々な業態があり、それぞれに店舗網を展開しお金を運んでいる。この中に、新たに参入してきたのが、「国鉄」から「私鉄」に衣替えしたゆうちょ銀行だった。その総資産額はメガバンクトップの三菱UFJフィナンシャルグループを大きく上回る規模を持ち、全国に2万4000以上ある郵便局で、窓口業務が展開されている。既存の私鉄を圧倒する路線網と駅を持つJRのような存在が、ゆうちょ銀行なのである。
郵政事業が民営化されたのは、国鉄同様に大きな問題点を抱えていたからだった。国有事業であるからこそ、採算が取れないのに全国の隅々にまで郵便局を造ってしまった。
さらに大きな問題だったのが、集めた郵便貯金の運用先だ。民間銀行の場合、集めたお金を企業や個人の住宅ローンなどに回し、経済活動を支える役目を果たしている。
これに対して、郵便貯金は、国が運用先を決めていた。財務省(旧大蔵省)の資金運用部に全額が預けられ、「財政投融資」の資金として、道路公団など国が運営する特殊法人に供給され、これが様々な無駄を生んでいると批判されていた。2001年にこうした仕組みは改められたものの、今度は国債の購入に資金の多くが使われた。国債は政府の借金であり、郵便貯金は政府が都合良く使える「お財布」であり続けた。郵便貯金という鉄道に乗せられたお金は、政府の思惑でとんでもないところに運ばれて、放置されてきたのだった。
また、郵便貯金が巨大化した結果、民間銀行に資金が流れず、経済活動にも支障が生じる懸念も高まった。国鉄にお客を奪われて私鉄の経営が悪化、必要なところにお金が届けられず、お金の鉄道網全体が非効率になっているというわけだ。
こうした問題意識の下、小泉純一郎内閣で郵政改革が断行された。郵便貯金という国鉄は、ゆうちょ銀行というJRに再編して政府から切り離し、私鉄としっかりと競争させながら、非効率を排除しようとしたのだ。
しかし、民主党政権になって、1000万円という預金の上限額を2000万円に引き上げを図るなど、民営化の流れに逆行する動きも出始めた。民間銀行の場合、経営が破綻した場合、預金が保護されるのは1000万円だが、ゆうちょ銀行の場合は事実上の全額保護。誰しもより安全な列車に乗りたいもの。上限額が引き上げられて「定員」が増やされれば、ゆうちょ銀行により多くの乗客(お金)が流れることは確実だと、他の民間銀行からは強い反発が出ている。
JRが事故ばかり起こすようになれば、日本中が大混乱に陥る。同様に、巨額の資金を動かすゆうちょ銀行の運営が非効率になれば、日本経済全体に大きなひずみが生じかねない。政治の材料にするのではなく、より広い観点に立って、ゆうちょ銀行のあり方を考えて行くことが重要なのである。
ゆうちょ銀行
[Japan Post Bank]