知人の分譲マンションでは空き部屋が急増、管理費などが足りずに、銀行からの借り入れに頼ってきたという。最近、またお金が足りなくなったことから、管理組合が銀行に追加融資を申し込んだところ、逆に融資の返済を求められてしまったという。
「空いている部屋を銀行に譲渡して、その分の借金を帳消しにできないかと提案した住民がいたよ。そんな魔法みたいなことできるはずないのに…」と、知人はさらに深いため息をつく。
しかし、この提案は決して「魔法」ではない。経営が行き詰まった企業を再建する際に、特にアメリカで頻繁に行われている「債務の株式化」という金融手法がこれに相当するのだ。「債務の株式化」はその名の通り、借金である債務を株式に変えること。英語では「debt(債務・借金)をequity(株式)にswap(交換)」で、「DES」と呼ばれている。
経営に行き詰まった企業を再建するには、借金を減らすことが不可欠となる。最も手っ取り早いのが債権放棄、いわゆる「借金の棒引き」だ。
銀行などから10億円の借金をしている企業が経営に行き詰まったとしよう。この企業が破綻して清算された場合には、10億円の融資のほとんどが焦げ付く恐れもある。もし、この企業に再建の可能性が残されているなら、例えば銀行は10億円のうちの7億円を債権放棄して企業の負担を軽減、これによって再建を後押しし、残る3億円を確実に回収しようとするわけだ。
民事再生法の下で破綻企業の再建が進められる場合、債権放棄は必須。しかし、銀行にとっては損失が確定してしまう上に、企業の経営者を甘やかす「モラルハザード」につながる恐れもあることから、容易には受け入れられない。
そこで登場するのが「債務の株式化」だ。企業の借金10億円を3億円に減らす場合、返済資金がないにもかかわらず、7億円全額を一括で返済してしまう。そのからくりは、現金ではなく、その企業が発行する株式で返済するというもの。株価が10円なら7億円に相当する7000万株を発行、「第三者割当増資」の形で銀行に提供する。借用証書を株券と交換することで、借金を返済したことにしてもらうのだ。
企業を分譲マンション、その住戸を株式と考えれば、銀行にマンションの住戸を提供し、その価格分だけ借金を減らしてもらうというのが「債務の株式化」なのである。
「債務の株式化」は、債権放棄に比べて多くのメリットを銀行にもたらす。融資を株式に変えるために、当面の損失は発生しない。また、融資先の企業の株主になることで経営に直接関与、経営者のモラルハザードを防ぐこともできる。
また、再建に成功してその企業の株価が上昇すれば、大きな利益を得ることも可能だ。破綻寸前で10円だった株価が、再建に成功して50円になった場合、銀行が保有している7000万株の価値は35億円、7億円の融資額の5倍だ。こうしたことから、「債務の株式化」を実行した銀行は、自らの利益を追求するためにも、その企業の再建に力を注ぐことになる。崩壊寸前のマンションの住戸を手に入れた銀行は、懸命に修理してその価値を高め、高い値段で売却することを目指すというわけなのだ。
もちろん、「債務の株式化」を行っても企業の再建に失敗すれば株式は紙くずとなり、結局は損失となってしまう。しかし、債権放棄に比べれば、将来の回収に希望がもてることから、アメリカでは、特に連邦破産法11条(チャプター11)の適用を受けて、経営破綻した企業の再建を進める際などに、頻繁に使われているのである。
融資をしている銀行に、つぶれそうになったマンションの住民になってもらい、借金を免除してもらう。「債務の株式化」は、企業再建を実現する「魔法」になりうる金融手法なのである。