いつ乗れるのか?本当に今日乗れるのか?イライラしながら待つ気分は最悪で、「詰めれば、3人がけの席に4人座れるじゃないか…」と、無茶なことを考えながらアナウンスを待つ羽目となった。
3人がけの席に4人で座ることができれば、それだけ多くの乗客を乗せることができる。これが「ワークシェアリング」の考え方だ。
日本経済を巨大な旅客機と考えると、労働者はその乗客となる。旅客機に乗るためには、仕事という「座席」を確保する必要がある。しかし、不景気になると企業が人員削減を行うことから、座席を失って飛行機の外に放り出される人が増加、空席待ちの長い列ができてしまうのだ。
この空席待ちの列を解消する方法の一つが「ワークシェアリング」で、その名の通り「仕事(work)を共有(share)する」というもの。一つの仕事をより多くの人で分け合い、雇用機会を増やそうというわけだ。それまで3人でやっていた仕事を、4人でやれば1人分の雇用が確保されるという極めて単純な考え方に基づいている。
最も単純なワークシェアリングの形態は、1人当たりの就業時間を減らすというものだ。景気の悪化で、4人が1日8時間かけて行っていた仕事が3人で十分なまでに減少したとしよう。この場合、4人のうちの1人を解雇(リストラ)するのではなく、1人当たりの作業時間を6時間に減らして、引き続き4人で行うのがワークシェアリングなのだ。
こうしたかたちのワークシェアリングは、景気悪化の中で雇用の維持を目指すことから、「雇用維持型」あるいは「緊急避難型」(緊急対応型)などと呼ばれているが、企業にとっては負担が重くなる。雇用をする際には、給与以外に保険等の社会保障費や社員教育などの様々なコストが発生する。したがって、単純に労働時間を分配しただけでは、経営の効率が下がってしまう。旅客機の3人がけの席に4人を座らせるとしても、シートを個別に作らざるを得ないため、旅客機から1人を降ろしてしまった方がはるかに効率的なのだ。
また、従業員にもワークシェアリングを素直に歓迎できない事情がある。労働時間が減少すれば、その分だけ給与が減ってしまう。3人がけの席に4人が座れば、座り心地が悪くなるのは当然のことなのだ。したがって、リストラの対象とならない優秀な従業員にとって、ワークシェアリングはいい迷惑になってしまうのだ。
景気の急激な悪化で、失業者が大量に発生している日本。企業経営者からはワークシェアリングの導入に前向きの姿勢も見られるが、その大前提には賃金の引き下げがある。一方、労働者側もワークシェアリングの重要性を強調する一方で、賃金の引き下げには抵抗を示している。また、ワークシェアリングの対象はあくまで正社員であり、派遣労働者などの非正社員は念頭に置かれていないのが現状だ。
ワークシェアリングの持つ様々な弱点を克服し、大きな成果を上げたのがオランダだ。1982年、失業率12%という中で始まったオランダのワークシェアリングは、正社員とパート従業員の格差を撤廃して「同一労働・同一賃金」を実現、パート従業員が全体の4割という雇用形態の抜本的な変革を生み出す。これによって、新たな雇用機会が増加、女性や高齢者の就職も促進された。「雇用創出型」と呼ばれるワークシェアリングによって、オランダの失業率は2%台まで低下する。誰でも旅客機に乗れるようにと、座席の配置を全面的に改造したのがオランダだったのだ。
景気の悪化で座席数が激減、旅客機から放り出された人が急増したことで、ハローワークに空席待ちの長い列ができてしまった日本。「詰めて座って!」という「雇用維持型」のワークシェアリングではなく、全体の座席配置を変える包括的な雇用対策が求められているのである。