唯一の解決策は「文句の多い住民たちの住戸を管理組合で買い取って、連中を追い出すこと」と、非現実的なことを言い出す始末だ。
しかし、株式会社の場合には、これを可能とする方法がある。企業買収(M&A)の一つである「MBO」だ。management buyoutの略で、日本語訳は「経営陣買収」となるが、「MBO」と英語の略語がそのまま使われることが多い。
MBOはその名の通り、企業の経営者が自分の会社を「買収」するというものだ。
企業を分譲マンション、株主をマンションの住民と考えよう。マンションの管理組合のメンバーが経営陣で、管理組合の理事長が社長となる。マンションの管理・運営の方針が、住民総会での議決によって決められるように、企業の経営方針も、株主総会における株数に応じた議決によって決定される。
したがって、経営陣が提案する経営方針も、株主の賛同が得られなければ実行することはできない。もし、経営陣が思い通りの経営を行おうとするなら、他の株主から株式を買い取って独占してしまうのが近道となるわけだ。
MBOのプロセスは、通常の企業買収と同じだ。TOB(株式公開買い付け take over bid)を実施するほか、大株主については個別交渉するなどして、株式を買い集める。異なるのは、通常の企業買収は現在の経営陣ではない第三者が行うのに対して、MBOは経営者自身が行うという点だ。
通常の企業買収では、後から入居してきた住民がマンションの住戸を買い占めて、もともと住んでいた住民を追い出す。一方、MBOは後から入居してきた住民を追い出し、管理組合の理事長を中心に、昔からの住民だけで仲良く暮らそうとすることなのだ。
MBOが実施されると、その企業の株式は上場廃止となる。経営陣が株式を独占することで、株式市場での売買は事実上不可能となり、上場する意味がなくなるのだ。
MBOは、企業の上場(株式公開)と逆のプロセスをたどることでもある。したがって、MBOが実行されると、株式の発行による資金調達や社会的信用力の向上といった上場企業が持つメリットが失われてしまうことになる。
一方、MBOには、経営の自由を得ること以外に、敵対的買収を防ぐというメリットがある。MBOによって上場廃止となれば、株式の買い占めは不可能となり、どんな企業や投資ファンドも手を出すことができなくなる。こうしたことから、MBOは敵対的な企業買収から逃れる究極の方法とも言われているのである。
しかし、MBOを実施するには、株式を買い集める資金が必要となる。経営者に十分な資金がある場合はまれで、銀行や投資ファンドなどから資金の提供を受ける場合が多い。したがって、MBOが実施され、経営の主導権を握ったとしても、今度は資金の提供先の意向に左右されるという事態に陥ることもある。
こうしたMBOの一例が、外食チェーンの「すかいらーく」だ。「すかいらーく」の創業家は、経営の実権を奪い返すために2006年6月にMBOを実施した。株式を買い集めるのに要した資金は約2700億円と日本では過去最大で、創業家はその資金を投資ファンドなどから借り入れていた。
計画通り経営権を取り戻した創業家だったが、業績は思うように改善しなかった。そのため、創業家の経営手法に疑問を持った投資ファンド側は態度を一変させ、08年には自らが推薦する経営者を送り込んで創業家出身の社長を解任することになった。MBOでマンションを独占したはずの創業家だったが、結局は自らも追い出されてしまったのだ。
企業という分譲マンションから「邪魔者」を追い出して、管理組合の自由を確保しようというMBO。しかし、そこにはメリットとデメリットがあり、資金調達の方法も含めて、安易には実行できない強硬手段なのである。