マンションの管理組合の理事長をしている知人が愚痴る。老朽化が進んだため建て替えを提案したのだが、約3割の住民が反対しているため、実行に移せないというのだ。マンションの管理は、住民総会での過半数の賛成があれば可能なものが大半で、管理組合が自由に決めることができるものもある。ところが、建て替えの場合には5分の4以上の賛成が必要という、かなり高いハードルが設定されているのだ。
株式会社の経営方針を決定する株主総会での議決についても、同様のハードルが設定されている。「特別決議」だ。
株式会社を分譲マンションと考えると、株主は住民、取締役会は管理組合に相当する。そして、住民総会である株主総会で、株主達は株数に応じた議決権を行使することで、経営方針を決定していく。日々の細かな経営判断については、取締役会が自由に行うことができる。しかし、重要な経営方針については、株主総会で承認を受ける必要が出てくる。
取締役の任命や利益の分配方法などについては、議決権のある株数の過半数の賛成による「普通決議」で決められる。ところが、企業の憲法である定款の変更、事業の譲渡や合併などについては、「特別決議」が求められる。
特別決議は、議決権を行使できる株主の過半数が出席した株主総会で、出席者の議決権の3分の2以上の賛成を必要としている。経営の根幹にかかわる重要な決定であることから、より多くの株主の同意が必要という考え方が根底にあるのだ。
3分の2以上の賛成を必要とする特別決議。これは、裏を返せば、3分の1が反対すれば、その経営方針が承認されないことを意味する。したがって、一人の株主、あるいは特定のグループが3分の1の株式を保有している場合には、「拒否権」を手にしていることになる。自分の思うままに会社の経営を左右することはできないものの、「その合併には反対だ!」と、経営方針に明確に「ノー」が言えるようになるのだ。
このため、企業買収ファンドなどが敵対的な買収を画策する場合、まずは3分の1の株式を取得しようとする。経営者達が行う重大な経営政策に対する「拒否権」を得ることで、買収者は企業支配のための足がかりを築こうとするのだ。
企業が経営を進める上で重要な意味を持つ特別決議だが、その適用範囲は必ずしも明確ではない。したがって、取締役会だけで決められる案件なのか、株主総会における「普通決議」で決められるべきなのか、「特別決議」が必要なのかについて、解釈が分かれることがある。場合によっては、取締役会で決定した買収防衛策について、3分の1を超える株式を持つ買収者が「特別決議に相当する案件であり、取締役会で勝手に決めるのは許されない」と、裁判を起こすケースもあるのだ。
「一部の頑固な住民が、どうしても言うことを聞かないんだ…」。私の知人は、建て替えが進まない不満を募らせる。しかし、大きな出費を伴うだけに、可能な限り多くの住民の賛成を得る必要がある。
「特別決議」も、重要な経営方針については、より多くの株主の賛同を得るべきだという考えに基づいている。敵対的な買収者がこれを逆手にとる場合もあるが、株式会社の経営、そして株主の権利保護にとって、必要不可欠なハードルなのである。