破たん企業の「国有化」も、海上保安庁の救難活動と同じだ。経営が破たんした企業は難破した船、経営陣が操船に失敗して大きな穴が開き、燃料である資金も枯渇し動けなくなっているのだ。このまま放置すれば、船が沈没するように、企業も消滅してしまうことになる。
通常、政府は民間企業を直接救済することはしない。しかし、その企業が消滅することで国民生活に深刻な影響が及ぶ場合には、例外的に救済することがある。その際に使われる方法の一つが国有化だ。
国有化はその名の通り、国が対象となる企業を所有することで、株式を3分の1以上購入することから始まる。政府が株式を購入すれば、その代金が企業に入り、資金繰りが改善する。燃料タンクを背負った救助隊が、難破した企業に乗り込んでくるというわけだ。
さらに、3分の1以上の株式を保有することで、政府は経営に深く関与することができる。合併など企業の根幹にかかわる経営方針は、株主総会での3分の2以上の議決が必要となる。したがって、3分の1以上の株式を保有すれば「拒否権」を得ることになり、政府の承認なしには何も決められなくなる。
保有株比率が大きくなるにつれて、政府の関与の度合いも高まって行く。2分の1以上の株式を保有すれば、過半数の議決が必要な経営陣(取締役)の人事を決めることができるようになる。さらに3分の2以上の株式を保有すれば、他の株主全員が反対しても3分の1に満たないことから重要事項に対する「拒否権」が消滅、政府は自由に経営を進めることが可能となる。破たん企業という難破船に大勢の救助隊員が乗り込んで指示を出し、場合によっては船長を追い出して、自らがかじを握るというわけだ。
国有化によって企業の再建が成し遂げられた時、救助隊は「帰還」する。政府は保有していた株式を売却、経営権を返還すると同時に、投入した資金を回収、救助活動は終了する。
国有化の一例が日本航空だ。政府は経営破たんした日本航空の全株式を取得して国有化、運航を続けさせる一方で経営陣を総退陣させ、京セラ名誉会長の稲盛和夫氏を会長として送り込んだ。徹底したリストラによって日本航空の業績は急回復、2012年中には政府が保有している株式を売却する「再上場」が計画されている。日本航空に乗り込んだ救助隊は任務を終えて、帰還しようとしているのだ。
しかし、国有化による企業救済が成功する保証はない。ダメージが深刻であれば政府といえども救済できず、企業が消滅する恐れもある。この場合、政府が保有していた株式は「紙くず」となり、投入した資金、つまり税金は無駄になる。政府が派遣した救助隊は、難破船と共に海の底に沈んでしまう。
原発事故を引き起こした東京電力についても国有化が検討されているが、慎重論も根強い。政府が東電という難破船に乗り込んでそのかじ取りをすることは、賠償責任を一手に引き受けること。国民負担が果てしなく増える恐れがあるからなのである。
難破船にどれだけの救助隊を送り込み、その安全を確保しながら作業を続けるのか? 破たん企業の国有化には、大胆かつ慎重な政治的決断が求められるのである。