「ブラックスワン」は金融市場にも登場する。株式市場や外国為替市場などにおいて、極めてまれながらも想定外の事態が発生して大暴落を引き起こすことがある。これがブラックスワンと呼ばれていて、ヘッジファンドでデリバティブのトレーダーの経験を持ち、認識論や不確実性科学の専門家でもあるナシーム・ニコラス・タレブの「ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質」(邦訳は2009年、ダイヤモンド社)という著作が契機となって、金融市場に広がった。
タレブはブラックスワンについて、(1)予測不能、(2)非常に強いインパクトを持つ、(3)実際に起こると後付けで説明がなされ、偶然ではなく、最初からわかっていたような気にさせられる、などの特徴を指摘している。「ブラック・スワン」の原著は07年にアメリカで刊行されたもので、翌年のリーマン・ショックに端を発した「世界金融危機」も予見していたかのような内容だったことから、ブラックスワンの概念は大きな注目を集めるようになったのだ。
ブラックスワンはしばしば金融市場を襲ってきた。「暗黒の木曜日」と呼ばれている1929年10月24日のニューヨーク株式市場の大暴落や、87年10月19日に同じくニューヨークの株式市場を襲った「ブラックマンデー」、さらには、日本のバブル崩壊も、ブラックスワンということができるだろう。いずれも確率論や経験論などからは想定不可能な出来事だったが、しばらく時間が経過すると、「バブル崩壊は必然だった」などとそれらしい理由を後付けされている点も共通している。
ブラックスワンの一撃で崩壊したのが94年に設立されたアメリカの大手ヘッジファンド、LTCM(Long-Term Capital Management)だ。LTCMはノーベル経済学賞受賞者2人を擁した「金融界のドリームチーム」で、最先端の金融工学を駆使して巨額の利益を上げていたが、98年に突如として46億ドルもの損失を出して経営破綻する。投資していたロシアの短期国債が、政府の債務不履行(デフォルト)宣言を受けて暴落したのが原因だったが、LTCMはロシアのデフォルトが起こり得るのは100万年に3回と計算し、しかもIMFによって救済されることでデフォルトには至らないと予想していた。まさかのブラックスワンの来襲で巨大なヘッジファンドは消滅してしまったのだ。
ブラックスワンといかに向き合うかは、投資をする上で極めて大きな問題となる。しかし、ブラックスワンを回避しようとすれば、株式などの大きなリスクを伴う投資は困難になる。また、ブラックスワンを恐れて銀行預金にしていても、突如としてその銀行が経営破綻して全財産を失うこともあり得る。想定外である以上、いかなる手段をもってしても避けることは不可能なのだ。
現在の世界経済では、ギリシャ危機というブラックスワンが上空を旋回し、中国にはバブル崩壊という巨大なブラックスワンが潜んでいるようだが、いつどのような形で襲ってくるかは予測できない。突然現れて、強烈な力で襲ってくるブラックスワンの存在を、忘れてはならない。