純文学作家ってカッコよくないですか?
鴻池 自分がなぜ、小説家になったのかよく考えるんですよ。色々あるんですけど、小説家はカッコいい。なかでも純文学作家が一番カッコいいと思ったんですよね。
田中 そうかな……。具体的にどこがカッコいいの?
鴻池 純文学というジャンルには伝統がありそうで、書いている作家たちも深いこと考えてそうじゃないですか。
田中 〝~そう〟が多いけど……。それに真面目に答えると、そのイメージは明治の漱石とか鴎外からきているんだろうね。彼らは近代化の中でどう日本人が世界に対峙するかを一生懸命考えた。深刻に悩みながら個人が生き方なんかを模索する様を作品にしてきた。これはいまだに純文学が担っているテーマだとは思う。日本は後進国だから、常に先進国から入ってきたものと対峙せざるを得ない。対峙してアイデンティティを確立するためにもがく主人公を描く。だから、敗戦後だとアメリカについて描くだとか、いつの時代も純文学は個人の外の状況、言ってみれば政治を描くことをしてきた。確かにその状況で苦悩している主人公のカッコよさはあるかもしれない。しかしそれを書いている作家がカッコいいかは別じゃない?
鴻池 じゃあ、言い方変えます。純文学作家は威張れるという感じですかね。
田中 はっ? 誰が何に威張れるの?
鴻池 もっと伝わってない(笑)。僕は小説家になると決めて、大学を辞めて、フリーターをやっていた時期が長かったんです。6~7年やっていたかな。その間、なぜ小説家という肩書に執着していたかというと、何もない丸腰の状態で社会と対峙する度胸がなかったんです。なんらかの武器が欲しかったんですよね。その武器が「純文学作家」という肩書だった。
田中 「純文学作家」という肩書が欲しかったの?
鴻池 ええ(笑)。最初は肩書が欲しかったんです。
田中 それで本当に小説を書いて、肩書を手にしてしまうのはすごいな。私なんかは小説を読むのが好きでその延長で自分でも小説を書いてという……。
鴻池 健全なプロセスを踏んでデビューされた。
田中 健全というか、ありきたりというかね。作家という肩書が欲しいが先か……。
鴻池 いや、ちょっと話を盛り過ぎたかもしれません。もちろん、小説を書く行為は好きですし、それだけが理由ではないです。
田中 そうでしょう?
鴻池 小説家になると決めて、でもどの媒体でデビューするかを選ぶ必要がありますよね。「小説すばる新人賞」や「メフィスト賞」だとかエンタメの新人賞もある中で、文芸誌に送ろうと思った理由は「純文学作家になれば『芥川賞』が取れるかもしれない。『芥川賞』が取れたら、すごい人って思われるかもしれない。すごい人って思われたら、周りからチヤホヤされて生きやすいかもしれない」と思ったんですよね。
田中 誰か具体的に「すごい人」のイメージがあったんですか。こういう作家になれば生きやすいと。
鴻池 田中さんですよ。
田中 また適当なことを言っているな。
鴻池 いやいや(笑)。マジで田中さんですよ。
田中 しかし、もっと古典作品とか亡くなっている小説家の作品だって読んでいたわけでしょう?
鴻池 そこまで読んでいなかったんですよ。でも田中さんも好きと公言されている谷崎潤一郎は好きでした。なので、谷崎みたいな、変態でスケベなことを書きたい。書いて発表できる媒体は、文芸誌だけだろうなという確信はあったんですよね。
田中 それはそうだろうね。
鴻池 純文学のほうが自由そうなんですよね。エンタメだと制約があるし、売れないとポイされて怖いな~と。文芸誌だと売れなくても大丈夫だろうと。
田中 大丈夫じゃないよ。
鴻池 デビュー前のイメージですよ(笑)。それで文芸誌だったんです。あと、僕にとって大事なのは小説を書くことで理想と現実のギャップを埋めたかったんですよね。小さい頃から「こんなはずじゃない」という想いが強かったんです。
田中 それは何に対して?
鴻池 すべてに対してです。我々はどこで生まれて、いつの時代に生まれて、どの親に生まれるかも選べない。自分という制約から出ることはできないですよね。その制約がとても窮屈だったんです。その制約から出られる人物を小説で作りたかった。もちろん、小説を書いたからと言ってその制約から自分自身は出られないけど、少し軽くはなるし、創作することで色んな欲望をシミュレーションできる自由さを享受していたんです。
田中 すごくきちんと自己分析できているというか、小さい頃から自分を客観視できていたんだね。
鴻池 さすがに、子供の頃からいまのように客観視できていたわけではないと思いますよ。ただ、自分の生きている現実が嫌だというのはありました。それはお金や社会的地位を得て解決できることではないんですよね。ずっとこの現実が続くのかと思って絶望していたんです。どうしても嫌だった。だから小説家になるしかなかったんです。
田中 ああ、それはわかるな。私の場合は子供の頃から、「どうも他人とは反りが合わないな」と漠然と思っていたんです。学校の先生ら周りの大人たちからどうも自分はあんまり好かれてないぞと気づいていた。勉強がそんなに得意ではなかったし、人に何かを教えてもらうことも嫌だった。だから、自分が独りでやれる仕事に就きたいなと思ってたどり着いたのが小説家だったんですね。それは小説を書きたい、小説家になりたいというより、独りでいるのがいいやと思うのが先で、それを強く希求した先に自分の小説が出てきて、小説家になったという感じかな。