こうした提言の土台になったのは、22年に労働者福祉中央協議会(中央労福協)から発表された「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」です。これは私が中央労福協からの依頼で「教育費負担軽減へ向けての研究会」の主査となり、小澤浩明氏(東洋大学教授)、山田哲也氏(一橋大学教授)らと1年がかりでまとめ上げた教育費負担軽減へ向けての政策提案です(若者のミカタ「日本の高等教育費に向けた提言を発表」23年3月28日)。ここでは7つの提言を盛り込みましたが、今回の署名活動では3つに絞り込みました。それまでの奨学金運動によって実現した制度改善を踏まえ、よりバージョンアップした内容となっています。
私が12年に奨学金に関する活動を始めた当時、すでに奨学金返済の問題は深刻化していました。大学昼間部学生の奨学金利用率は、1996年の21.2%から52.5%へと大幅に上昇。奨学金利用者が増加する一方で、厳しい雇用状況は続いており、大学卒業後に奨学金の返済に苦しむ若者が増加していたのです。そうした中で2013年3月に「奨学金問題対策全国会議」が結成され、返済困難者の救済と奨学金制度の改善を訴えたことは、大きな起爆剤になったと思われます。13年末には、14年度以降の延滞金賦課率の10%から5%への引き下げ(20年度には3%に引き下げ)、返済猶予期限の5年から10年への延長が決定。また日本学生支援機構の奨学金自体も有利子貸与の人数が減少し、無利子貸与の人数が増加しました。
◆◆
15年に入ると、全国組織として労働者の福祉や生活の課題に取り組んできた中央労福協が加わることで、奨学金制度改善の運動は一段と発展することになりました。15年10月から、中央労福協は「給付型奨学金制度の導入・拡充と教育費負担の軽減を求める署名」活動を開始し、奨学金問題対策全国会議も全力で協力しました。この署名は16年3月に300万筆を突破し、その力によって17年度に給付型奨学金が一部先行実施、18年度から正式実施となったのです。
返済不要の給付型奨学金が導入されてのち、政府側から仕掛けられたのが「大学等修学支援法(大学等における修学の支援に関する法律)」の制定です。授業料・入学金の減免措置と給付型奨学金をセットで実施する点では、学生支援が増えることになりました。しかし大学等修学支援法は、政府が宣伝した「高等教育無償化」とは大きく異なっています(イミダスオピニオン「『高等教育無償化』のウソ」19年8月16日)。21年度に大学等修学支援法の対象となったのは31万9000人で、これは大学・短大・専門学校・高等専門学校在籍者数約340万人の内の9%程度にとどまっています。
この法律を制定した狙いは、奨学金制度改善運動の広がりが、政府の「受益者負担」論に基づく教育政策批判へ発展するのを回避することにありました。一部の低所得層を「無償化」の対象とする「選別主義」によって学費や奨学金問題の矮小化をはかり、低所得層とそれ以外の層との間に「分断」を促進できます。一方で、中間層以上に高額の学費負担を続けさせることによって、「高等教育費の受益者負担はやむなし」とする意識を継続させることが目指されました。
大学等修学支援法は低所得層と中間層以上との連帯を断ち切り、分断を生み出すことで、「受益者負担」構造の根本的転換を回避することが狙いなのです。
◆◆
私たちの「政策提言」は、政府の大学等修学支援法に対抗したプランとなっています。第一に「授業料を半額に」という「普遍主義」の導入です。これまでの奨学金運動が目指してきたのは「選別主義」の改善で、対象となる奨学金利用者の返済負担軽減や支援については重要な成果を上げてきましたが、しかし「選別主義」には大きな弱点がありました。支援を受けられる人と、受けられない人の「分断」をもたらすことです。対して「普遍主義」はすべての学生を対象としますから、そうした「分断」を引き起こすことはありません。よって、今回のオンライン署名提言の1では明確に「授業料を半額に」としました。
提言の2にある「大学等修学支援制度の対象を多子世帯や理工農系に限定することなく年収600万円まで拡大」は、支援の対象を現在の低所得層から中間層まで拡大することを意味しています。これによっても「分断」を大きく緩和することができます。
提言の3に「奨学金返済の負担軽減を」と掲げたのも、「分断」を回避したい狙いからです。給付型奨学金の導入・拡充をはじめ、新規の奨学金利用者にはかなりの制度改善がなされていますが、新規以外の利用者については対策が十分には進んでいません。この点を重視して、すでに利用している人たちの奨学金返済負担軽減を強く打ち出しました。
学費負担を軽減し、「すべての人が学べる社会」を実現するためには、活動の上でも「分断」を回避し、「連帯」を広げていくことが何よりも重要です。東京大学、広島大学をはじめとする現役学生たちの活動と、私たち市民の活動が結びついて「連帯」の輪が広がった時、国立大学の「学費値上げ」を阻止し、さらに学費負担軽減へと転換させる可能性があると私は思います。