新型コロナウイルス感染拡大への対策として発令された緊急事態宣言が5月25日に解除され、それまで臨時休校が続いていた多くの学校が授業を再開しました。休校は子どもたちの「教育を受ける権利」を大きく制限することになるので、学校の再開はその点では望ましいことです。
しかし教育研究者である私は、再開後の学校がどのような状況になっているかがとても気になりました。学校再開についてテレビや新聞などで報道されても、それは学校現場のごく一部の様子を切り取ったものでしかありませんから、そこから詳しい実態を知ることはできません。私自身が学校を訪問したり、現場の教職員の皆さんに直接お話を伺ったりすることも「コロナ災害」が今も続いている限り容易ではありません。
そこで思い付いたのが、SNSを利用して学校現場からの声を集めることでした。私は自分のツイッターから、全国の学校関係者に向けて次のような発信をしました。
〈学校で働く教職員の皆さん、緊急事態宣言解除後に再開された学校現場の実態が知りたいです。再開された学校の現状、子どもたちの様子、教職員の労働の実態などを教えていただけるとありがたいです。教えていただける方は、私のツイッターにメッセージをぜひ送ってください。よろしくお願いします〉
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ツイートを発したところ、2~3日の間にとてもたくさんの声が私に寄せられました。短期間で反響があったのは、学校の現状を知ってもらいたいという強い気持ちが、多くの教職員の皆さんにあったからだと思います。そうして届いた「声」を読むうちに、再開後の学校現場の実態と、そこに生じている諸問題が見えてきました。
最初に目に付いたのは、学内の「消毒作業」の負担を訴える悲痛な声でした。
中高一貫校関係者Aさん
〈授業後に教室(生徒用机椅子・ロッカー含)・共用部(エントランス・トイレ・階段・特別教室・食堂・その他閉鎖していない施設全て)の消毒を実施しています。現在は次亜塩素酸ナトリウムを使用していますが、来週からアルコールに変わるそうです。どちらの場合もペーパーに吹き付け、拭き取り消毒を実施しています。かなり負担が大きく、終業後の大仕事の位置付けです。消毒作業の負担は大きく、我々のストレス源です〉
中学校関係者Bさん
〈教員の消毒作業も負担です。終業のチャイムを聞きながら消毒作業を行います。その後に部活動の指導があります。部活動が終わり下校指導をした後に、また消毒作業です。部活のボールを全て消毒し、教室の机を全て手作業で拭いている時、何をしているのか分からなくて涙が出ます〉
中学校関係者Cさん
〈生徒が帰宅後、教室、その他施設を全て消毒しています。もちろん働き手は教員なので、普段授業準備をしていた時間に消毒をせざるを得ません。消毒が終わると、既に閉校の時間になっているので、授業後の業務が捗(はかど)らず、残業申請をする教員が増えている印象です〉
このように一部の教育現場では、消毒作業が教職員の大きな負担になっていることが分かります。臨時休校が長く続いたことで、生活リズムが崩れてしまっていたり、学校になかなかなじめなかったりする生徒が増えるなど、ただでさえ生徒指導が大変な状況であるのに、学校の消毒作業まで教職員に担わせるのは酷だと言わざるを得ません。教職員は消毒作業の専門家ではありませんから、コロナウイルスの感染対策としても不安が残ります。消毒作業を専門とする人々に依頼したほうが合理的です。
「消毒作業が負担」という声を送ってきた人に、「消毒作業を外注するという意見は出ていないのですか?」と聞き返したところ、「外注の要請は職員から出ているのですが、費用の点で許可が下りませんでした」「外注を申し出たのですが、『予算がない!』の一点張りです」などの回答がありました。
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消毒作業の次に驚いたのが、学校再開後の大幅な授業時間の増加です。これに関しては小学校や中学校の教職員から、「毎日6時間授業」「毎日7時間授業+土曜授業」「午前中5時間授業。学年によって週に数日7時間授業、隔週のペースで4時間の土曜授業」などの報告がありました。
確かに3月の前半から約3カ月間の休校期間がありましたから、進度の遅れを取り戻さなければならないという事情はあるのでしょう。しかし、授業時間の大幅な増加による「詰め込み教育」はさまざまな弊害を生み出しています。現場教職員の皆さんからの声には、その様子がリアルに表れています。
小学校関係者Dさん
〈子どもたちの様子ですが、毎日6時間授業なので本当に疲れています。朝から帰りたいと騒ぐ子もいます。6時間目には机に突っ伏してしまう子もいます〉
中学校関係者Eさん
〈毎日7時間授業+土曜授業で体調不良となる生徒が続出、教職員の体調不良者も増加中です〉
小学生が「机に突っ伏してしまう」ほど疲れていたり、体調不良となる中学生や教職員が増加しているのは大きな問題です。これは明らかに授業時間の増加による「詰め込み教育」の悪影響だといってよいでしょう。生徒と教職員双方にとって、無理のない授業の量や進度にすべきです。
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授業時間増加の悪影響はこれだけではありません。「朝の15分学習と水曜の7時間目の授業、夏休みも2週間程度で、7月末の暑い時期も6時間目まで授業」と伝えてくれた中学校事務職員からは、「このままのペースだと2学期中にはすべてのカリキュラムが終わります」との驚くべき報告がありました。なぜ、そんなに進度のスピードを上げているのかをその人に尋ねてみると、次のような回答がありました。
中学校関係者Fさん
〈詰め込み過ぎではないのかと市の教育委員会に伝えても、「第2波に備えて時数を消化しておきたい」の一点張りだそうです〉
つまり、新型コロナウイルス感染拡大の第2波に備えて「時数を消化」するために、授業時数の大幅な増加を行っているのです。しかし、そんな無理を強行すれば教育効果は十分に上がりません。現場の教職員からは次のような声もありました。
授業時間の大幅な増加による「詰め込み教育」は、生徒と教職員を疲弊させることに加えて、生徒の授業内容についての理解を妨げる危険性が高いでしょう。