教員不足が深刻です。ネット上でも「教員が足りない」「担任の先生が足りない」「担任は未定」などの言葉があふれています。
教員不足は以前からすでに深刻でした。教員志望者は減少しています。たとえば、2020年度の公立学校教員採用選考試験の小・中・高校教員をすべて合わせた競争率は3.9倍で、近年で最も倍率が高かった2000年度の14.3倍からは、大きく低下しています。文部科学省は21年度、全国の公立校の教員不足の状況を初めて調査しました。4月の始業日の時点で、公立の小・中学校や高校などで合わせて2558人の教員不足が明らかになりました。
今年度に入ってからも収まるどころか、一層深刻化しているようです。22年4月22日、末松信介文部科学大臣は記者会見を行いました。そこで教員不足問題について、以下のように発言しています。大切な内容なので、少し長くなりますがご紹介します。
(教員不足の)今年度の状況につきまして、複数の教育委員会にヒアリングをしたところでは、自治体によって状況は様々であるものの、昨年度と同様、依然として厳しい状況にあると聞いております。このような状況を受けまして、教師不足の解消に向けた一層の取組を促すために、一昨日、20日でございます、都道府県教育委員会に対しまして、特別免許状の積極的な活用などを依頼する事務連絡を発送をいたしました。(中略)特別免許状につきましては、昨年5月に国の法指針を改訂しまして、授与にかかる審査基準や手続の緩和を行ってきましたが、一部の都道府県教育委員会では、授与基準が整備されていないとか、又は公表されていないなど、積極的に活用がなされておらず、結果的に、多様な経験を有する社会人の活用が進んでいるとは言い難い状況でございます。都道府県教育委員会におきましては、この特別免許状の積極的な活用も含め、あらゆる手段を講じて、教師の確保に取組んでいきたいと考えております。さらには、現在、中教審では、教員採用選考試験の早期化・複線化を含めた実施時期の在り方とか、特別免許状の授与手続・基準の透明化などによる多様な人材の確保なども含めまして、包括的な議論をいただいておりまして、文部科学省としては、今後、このような議論の結果を踏まえつつ、多様で質の高い教師の確保に向けた取組を加速させてまいりたいと思っております。
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末松大臣の発言によれば、教員不足の解決に向けて「特別免許状の積極的な活用」を依頼する文書を都道府県教育委員会へ送ったとのことです。また、社会人など免許状非保有者を教員として迎え入れる特別免許状について「授与にかかる審査基準や手続の緩和」をしたものの、「積極的な活用」が不十分として同委員会に特別免許状の活用を促しています。加えて、教員採用選考試験の早期化・複線化を含めた実施時期のあり方や、特別免許状の授与手続・基準の透明化などによる多様な人材の確保の方向も示唆しています。
確かに教員不足の現状は深刻です。担任不足や教科担当教員が不足しているという状況は、子どもたちの「教育を受ける権利」を守る重要性から考えれば、一刻も早い解決が求められます。その点で、末松大臣の「あらゆる手段を講じて、教師の確保に取組んでいきたい」という気持ちはよく分かります。
しかし、この会見で説明されたような対策が、教員不足問題を解決するのに有効かと考えると、私には大きな疑問があります。特別免許状の積極的な活用を提案されても、「そこじゃない」と反論したくなります。
なぜならこの政策は、近年実施されてきた教員政策とはちぐはぐだからです。
近年、最も大がかりな教員政策は、何といっても教員免許更新制の導入でしょう。この制度については、本連載「教員免許更新制が廃止に!?」(21年7月)でも論じたことがあります。幼稚園や小・中・高校などの教員免許状に10年の期限を設け、10年ごとに更新しなければならない制度です。その際、大学などで計30時間以上の講習を受けることが義務づけられています。
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私がちぐはぐと指摘したのは「教員免許更新制」と「特別免許状の活用」との間の巨大なギャップです。教員免許更新制は、正規の教員免許を取った上で採用試験に合格し、教育現場で教え続けている教員に更新講習を受けることを義務づけ、講習を受けなければ教員免許が失効する(=失職する)という制度です。それに対して特別免許状は、正式の教員免許がなくても知識や経験のある社会人を教員として採用する制度です。一方で教員免許に高いハードルを設け、もう一方でハードルを下げるというのはいかがでしょうか。どうにも一貫性や整合性が感じられません。
ちなみに、「教員免許更新制は廃止されたのでは?」と思われた人もいるかもしれません。廃止に向けた議論はかなり前から行われていましたが、法律案が国会を通過したのは今年5月とごく最近です。施行は7月からなので、教員免許更新制は今も存続しています。ですので、今年4月の段階でこうした発言をするのは一貫性がないと感じたのです。
「たとえ矛盾があったとしても、教育現場が大変なんだから特別免許状の活用は止むを得ないのでは?」という意見もあるでしょう。しかし私は、この政策には矛盾だけでなく、場当たり的なものも感じます。そうした場当たり的な考えがひいては教育政策への信頼を低下させ、「教職離れ」を促進するのではないかと危惧します。教員不足は昨日今日発生した問題ではなく、2000年以降、20年がかりで進行してきた構造的な問題です。目先の効果だけを考えて、計画性もなくその場の思いつきを実行するのでは、根の深い問題を解決することはできないと考えます。
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特別免許状の活用をとはやる前に、教員免許更新制がいかに愚策であったかを丁寧に検証すべきです。本制度を導入したのは第一次安倍晋三政権ですが、政策の誤りを認めることがまず求められます。結局、教員免許更新制は「不適格教員の排除」にも「教員の質の向上」にもつながりませんでした。最大の問題は「教職の魅力」を低下させ、教員不足を招く要因の一つになったことです。その反省抜きに、教員不足の解決はあり得ません。
また「教員免許更新制」「特別免許状の活用」という政策には、ギャップや矛盾だけでなく共通点もあります。つまり正規の免許を取得していても更新によって学び直しを必要とされ、その一方で相応な知識や経験があれば教壇に立てるようになる、というのはそもそも「教職」を低く見ていることの表れではないでしょうか。
教員免許更新制導入の背景には、教育問題の要因は「不適格教員」の存在や「教員の質の低下」にあるとする政権や一部マスコミの「教員バッシング」がありました。安易な非難によって制度化され、教員の質の向上どころか教員不足を招いてしまった現実をかみしめるべきです。教職の価値を低下させたことによって、その魅力が失墜し、教職を志望する学生は大幅に減ってしまいました。このような状況の下では、いくら場当たり的な政策を打っても、教員不足は解決しないと私は考えます。求められているのはその逆で、教職の価値や魅力を引き上げる政策です。