私が若者の支援活動として今後、特に力を入れようと考えているのが、「教育費」と「住居費」の負担軽減です。教育費については前々回の本連載『日本の高等教育費に向けた提言を発表』で書いたように、2023年3月、労働者福祉中央協議会(中央労福協)と共に文部科学省の記者クラブで「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」を発表しました。これは私が主査となって進めている、中央労福協の「教育費負担軽減へ向けての研究会」の成果です。
この会で23年3月から「学びと住まいのセーフティネット研究チーム」という、住宅問題を対象とする取り組みを新たにスタートさせました。来年には住宅政策についても提言を発表することを目指しています。
日本の若者の住宅問題について認識を深め、提言をまとめるには、これまでの研究成果に学ぶ必要があります。さまざまな資料を探すうち、ホームレスや貧困問題に取り組むNPO「ビッグイシュー基金」が14年にまとめた『若者の住宅問題 住宅政策提案書[調査編]』(住宅政策提案・検討委員会編)という調査レポートを発見しました。
この調査レポートが、極めて先駆的かつ画期的な内容でした。日本社会における若者の貧困問題は、04~05年あたりから盛んに取り上げられるようになります。しかしその頃は「ワーキング・プア」や「パラサイト・シングル」という言葉が代表するように、雇用や家庭環境からのアプローチが中心でした。そうした中で『若者の住宅問題』は、住宅事情から若者の貧困にアプローチしています。さらに、都市部に住まう貧困層の若者に焦点を当てることで、彼らの中にある住宅問題を明確に炙り出している点も重要です。
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『若者の住宅問題』の調査概要は次のようになっています。
〈①首都圏(東京都、埼玉・千葉・神奈川県)と関西圏(京都・大阪府、兵庫・奈良県)に住む、②20~39歳、③未婚、④年収200万円未満の個人を対象とし、居住実態と生活状況に関するアンケート調査を2014年8月に実施した。学生は、調査対象に含めていない。回答者の選定では、首都・関西圏の別、性別、年齢が偏らないように留意した。調査の実施は、イプソス株式会社に委託し、同社が利用可能なインターネット調査パネルから対象者を選び、1,767人から回答を得た。(首都圏904、関西圏863; 男性938、女性829; 20歳代888、30歳代879)〉
本調査が首都圏と関西圏を取り上げたことは理にかなっています。日本の他の地域と比べて住居費が高いことが明らかだからです。また、年収200万円未満という「低所得」の若者を対象としたことも、住宅問題に最も直面しやすい低所得者層を対象とすることで、住宅問題の深刻さをより鮮明に表面化できると思われます。
低所得者に限ってしまうと、若者全体のごく一部を分析するだけで、若年層の置かれている構造を捉えることができないのではないか? と考える人もいるかも知れませんが、そんなことはありません。『若者の住宅問題』の中でも言及されているように、総務省統計局の「平成24年 就業構造基本調査」によれば、首都・関西圏に住む20~39歳の未婚・有業者のうち、年収200万円未満の割合は30.0%に達しています。若者の貧困化が急速に進んだことによって、年収200万円未満の若者はごく一部の例外ではなく、大きな社会集団を形成しているという事実をおさえておくことが重要です。
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こうした対象に調査を行った結果が、『若者の住宅問題』で考察されています。最も衝撃的だったのは、調査対象者の「親同居」者の割合です。その割合は何と77.4%にも達していて、実に4人のうち3人以上が親と同居していることになります。これは、首都圏や関西圏に住む経済力の低い若者の大半が、親と同居することによって生活を維持できていることを意味しています。経済力の低い若者にとって、親元を離れて暮らすことがいかに困難かということが分かります。そこには経済力の低さと同時に、住居費の高さが重くのしかかっているのです。
逆に言えば経済力の低い若者の大半が、親同居という選択を行うことによって住居費の支出を抑え、ホームレスなど過酷な状況に直面するのを避けられているということでもあります。それは外から見れば、若者が住居費に苦しんでいる姿が可視化されにくいということです。若者の親同居という選択は、ハウジング・プアという社会問題を隠蔽する機能をも果たしてきたと見ることができます。
さらに『若者の住宅問題』では、出身地からの地域移動の実態にも言及。小学校を卒業するまで最も長く住んでいた場所を出身地として、そこから現住都府県への移動の有無を調査しています。その結果は、現住都府県が出身地であるケースが 83.3%と大半を占め、これに現住都市圏の出身者5.5%を合わせると、88.8%に及んでいることが分かります。親同居の割合が高いことから予想されることではありますが、その比率の高さにはあらためて驚かされます。
20世紀後半、日本では多くの若者が地方から首都圏や関西圏の大都市へと移動し、新しい住まいを確保しました。若者の地域移動は経済成長の原動力の一つであり、首都圏、関西圏、東海圏の3大都市圏が成立したのも、大量の若者の流入に要因があります。23年現在、若者の地域移動は激減し、そのライフコースは大きく変化したことが分かります。『若者の住宅問題』ではこの点について、「増加した“移動しない人生”」という印象的な見出しをつけています。20世紀後半には多くの若者が「移動する人生」を送っていましたが、現在は多くの若者が「移動しない人生」を強いられているのです。
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次に注目されるのが、結婚についての意識です。調査対象者は全員未婚です。「結婚に関し、どのような意向をもっているのか」という質問に対して、回答率が最も高かったのが「結婚したいと思わない」で、その割合は34.1%に達しています。これに次いで、「将来、結婚したいが、結婚できるかわからない」(20.3%)、「将来、結婚したいが、結婚できないと思う」(18.8%)という回答が続きます。
回答率トップの「結婚したいと思わない」のみに着目すると、そもそも多くの若者が結婚を望んでいないのだから、未婚化は彼らの自由意思の結果ということになります。結婚するか否か、子どもを産むか産まないかは、各人の自由意思による選択に委ねられるべきものであり、他人がとやかく口を出すことではありません。
しかし、この「結婚したいと思わない」という回答をそのまま受け取ってもよいのでしょうか? 回答率で次点の「将来、結婚したいが、結婚できるかわからない」と「将来、結婚したいが、結婚できないと思う」もかなりの割合に達しています。両者を合わせると39.1%で、「結婚したいと思わない」の34.1%を上回ります。結婚したいと望んでも、結婚の実現性は低いと考えている若者が多いのです。本人が結婚や出産を望んでいるにもかかわらず、それができないことこそが未婚化・少子化の問題であるという考えには私も賛成です。