対立を超えて
三浦 私は福島に住んで原発事故の取材もしていましたが、原発の作業員というのは、昔炭鉱などで働いていた鉱夫も多いんですよね。石炭から石油にエネルギーが変わり、鉱山が閉鎖されて人員が原発に流れていった。そういう中で、原発事故が起きてしまった。明治の福島を描いていらっしゃる安彦さんに聞いてみたいのですが、いまの福島から見る日本の国家のありようについて、どのように感じていらっしゃいますか?
安彦 国家とか階級とか歴史とかっていう、大きな視点から入っていくと、どうしても色分けして、対立抗争になってしまう。でも、そういうものじゃないと思います。「総資本」対「総労働」というふうな捉え方自体が間違ってるんだと、いまならはっきり言える。石炭から原子力に行き、原発では廃棄物はどうするんだとか、事故はどうするんだっていう問題がある。そうした問題を一つひとつ考えていくのが正解であって、最初から「根本的な対立構造はこれだ」っていうふうな大命題の立て方は根本的に間違っていると思いますね。
三浦 私もその考え方に共感します。大切なのは、イデオロギーの前に事実を見ていくということですかね。
安彦 ええ、昔は真逆でイデオロギー先行だったんです。五代なんかでも、「薩摩閥で、資本の側で、政商だ」といって人間を分けてしまうと、面白くない。そうやって色分けしてしまうと、結局、その人間がわからないという気がします。もっと人間的に見ていかないと、人物に近づけないんじゃないかと思いますね。
三浦 安彦さんの作品を読んでいると、どれも細部の事実や時代の背景描写がしっかりと描きこまれているので、読んでいてとても面白いし、読み終わったあとにとても勉強になった、自分の中の世界が広がった感じがするんですよね。これこそが、マンガやノンフィクションを含めた「物語」の最大の魅力なんだと思うんです。面白く、世界が広がるような物語を書き続けるために、まずは先入観を持たずに事実を丹念に調べ上げること、そしてその事実に立脚して魅力ある登場人物の像を描きあげること。次にどんな安彦作品が生まれてくるのか楽しみにしながら、私もその姿勢を見習っていきたいと思います。