他国から弾道ミサイルなどで攻撃される前に、相手国領内のミサイル発射基地などを先制攻撃するための能力のこと。安倍晋三前首相が辞任直前の2020年6月18日に記者会見で言及し、8月4日にはこれを受けて自民党の「ミサイル防衛検討チーム」が「憲法の範囲内で専守防衛の考え方の下、相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて(略)取り組みが必要」という内容の提言をまとめた。菅義偉内閣発足時には、岸信夫防衛相が就任会見で「今年末までにあるべき方向、方策を示し、速やかに実行に移す」と述べている。
敵基地攻撃のための兵器として想定されているのは、トマホークなどの地上設置型巡航ミサイル、あるいは新型中距離弾道ミサイルと思われる。設置位置によってはロシア極東部と朝鮮半島全域、上海などの中国沿海部が射程に収まる。
歴代自民党内閣は「急迫不正の侵害が現に生じた」、「他にとるべき手段がない場合」に際しては「必要最小限度の実力行使」は容認されるとの憲法解釈の下、「専守防衛」政策を採ってきた。
その上で、「敵基地攻撃」については、1956年2月29日に鳩山一郎内閣が、「わが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられない」「そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに他に手段がないと認められる限り誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべき」との見解を明らかにした。
現在、敵基地攻撃論の推進者たちがもっぱら依拠するのはこの「鳩山見解」だが、これについては、その後、あくまで憲法9条についての「法理的解釈」を述べたにとどまり、「防衛政策」を示すものではないとする政府の見解が定着している。例えば59年3月19日の伊能繁次郎防衛庁長官(岸信介内閣)答弁では、「平生から他国を攻撃するような、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持っているということは、憲法の趣旨とするところではない」としている。
70年には、中曽根康弘防衛庁長官(佐藤栄作内閣)の下で初めて発行された『防衛白書』が、「わが国の防衛は、専守防衛を本旨とする」「専守防衛の防衛力は(略)戦略守勢に徹し、わが国の独立と平和を守るためのもの」と明記。その上で、「わが国の防衛力は、自衛のためのものであるから、その規模は、自衛のため必要かつ相当のものでなければならない」「他国に侵略的な脅威を与えるようなもの、たとえば、B52のような長距離爆撃機、攻撃型航空母艦、ICBM(大陸間弾道ミサイル)等は保有することができない」と記述した。
このように歴代内閣は、敵基地への先制攻撃について、法理的には「是」の場合もあるとしながら、現実の政策選択としては、憲法解釈に基づく「専守防衛」の下、これを「否」としてきた。「提言」や「談話」で覆すことができるものではない。
軍事的な見地からも、日本周辺に数百基の中・長距離弾道ミサイルが配備されている中で、移動式の弾道ミサイル基地、あるいは潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)をすべて確実に破壊することは不可能だ。
敵国の意図を事前察知した「先制攻撃による撃破」を意味する敵基地攻撃が任務に加われば、自衛隊はアジア有数の先端兵器を持つ攻撃軍となり、「専守防衛」の建前から逸脱するのはもちろん、憲法9条は完全に死文化する。「敵基地攻撃能力」の保有を認めるか否かは、こうした大きな選択を意味している。