人種(民族・国籍を含む概念、以下同じ)、性、SOGI(性的指向、性自認)、障害などを理由とした差別言動のうち、主に無意識、無自覚に行われるものを指す概念。アメリカの精神科医であるC.M.ピアースが初めて用い、コロンビア大学のD.W.スー教授(臨床心理学部)が多様な差別問題との関連で定義づけを行った。
人格と尊厳に対する攻撃が日常的に繰り返されることで、被害者は深刻な精神的、身体的損害を受ける。公正な教育、雇用、医療を受ける機会を奪い、結果として経済的な格差や平均余命にも影響を与えるとする研究もある。日本でも被差別マイノリティが日常的に感じている生きづらさ、ストレスを表現する概念として注目が高まっている。
職場におけるマイクロアグレッションのうち、一定の内容と条件を満たすものは事業所と労働者に対して法律(男女雇用機会均等法、パワーハラスメント防止法)に基づき予防、被害者救済、行為者に対する懲戒処分等の適切対応が義務づけられている。パワーハラスメント防止法の配慮要件にはSOGI、外国人、障害など労働者の属性が含まれる。
スーによれば、マイクロアグレッションは(A)マイクロアサルト(攻撃)、(B)マイクロインサルト(侮辱)、(C)マイクロインバリデーション(無効化)に分類される。(B)(C)のうち無意識で行われる言動については、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)と呼ばれる概念と共通する部分が多い。以下、人種的マイクロアグレッションを例に解説する。
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(A)マイクロアサルト(攻撃)
蔑称で呼ぶなど、差別の意図をもった攻撃的・暴力的な言動。ヘイトスピーチとほぼ同義。SNS等のネット空間は言うまでもなく、書店で特定の国や地域、そこにルーツをもつ人をひとくくりにして「嘘つき」「恥」「呆」などの言葉を冠した書籍や雑誌が陳列されている例を挙げることができるだろう。
(B)マイクロインサルト(侮辱)
無意識・無自覚に行われることが多い侮辱的言動。①能力や資質を人種に関連づけて評価する、②二級市民(よそ者)扱いする、③文化・風習・宗教を否定的に評価する、④犯罪者・犯罪予備軍扱いする――などの言動が該当する。具体例としては、①は「〇〇人だから怒りっぽい」、「〇〇人だから✕✕語が上手い」、②は「日本人以上に日本人らしい」、「日本人と同じ(だから差別しない)」、法的根拠もなく在留カード等で身元確認をおこなう、③は人種的マイノリティの名前をからかいの対象とする、④は「外国人が増えると治安が悪くなる」、「外国人は日本の健康保険/生活保護を悪用している」とするデマなどを挙げることができる。人種的ステレオタイプに基づく言動は、否定的言動だけではなく、肯定的言動も、人種差別効果をもつことに留意すべきである。
(C)マイクロインバリデーション(無効化)
人種差別を無効化する言動。やはり無意識・無自覚に行われることが多い。①人種的マイノリティおよび人種差別の存在、②人種差別意識、③人種差別による被害感情、④人種的マイノリティの自己実現に与える人種差別の影響――などについて、無視したり、否定したり、価値のないものとみなすもの。具体例として、①は「日本語が上手ですね」「いつ国に帰るのですか」「同じ人間なのだから差別なんて関係ない」、②は人種差別言動に対する批判に「差別する意図はなかった。だから差別ではない」と釈明すること、③は人種差別被害の訴えに対して「気にしすぎ」「あなたにも何か問題があった」と反論すること、④は「人種差別は大した問題ではない。あなたの努力次第だ」、などの言動を挙げることができる。
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差別問題にかかわる言動であるマイクロアグレッションは、文脈や関係性によって異なる意味と効果を持つ。社会の政治・法制度・経済・文化等にまたがる差別構造のなかで把握すべき概念でもある。前記した具体例を禁句集のように捉えるなど、機械的・短絡的な理解をするべきではない。差別問題を理解し、自分とは異なる状況にある他者の心情に想像力を働かせ、円滑で豊かな人間関係を築くための基礎的知識として理解すべき概念である。