ロシアや外国の政府、民間企業の要請、さらには自らの私益に基づき、主に海外で軍事・警備活動を展開するロシアの民間軍事会社(PMC Private Military Company)。プーチン大統領に近い新興財閥オーナー、エフゲニー・プリゴジンと、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)出身の元中佐ドミトリー・ウトキンが2014年に創設した(13年との説もある)。活動地域はウクライナ、中東、アフリカ諸国など。
ウトキンはナチス・ドイツの信奉者とされ、ヒトラーが愛好したドイツの作曲家ワーグナーのロシア語読みにちなんで軍内部で「ワグネル」の呼び名を用いていたという。組織名はこれに由来する。
傭兵行為はロシアの国内法に反するため、グレーゾーンの存在と言える。プーチン政権はワグネルの違法性の確認を避け、各地での活動について報じられると、「そのような報道には根拠がない」「民間企業による活動は国とは無関係」などと主張してきた。しかし、22年2月からのロシアのウクライナ侵攻でワグネルはロシア軍の兵力不足を穴埋めし、ロシア国営メディアもその軍事行動を報道。内外で公然の存在となった。ウクライナの首都キーウ(キエフ)郊外などで民間人に対する残虐行為に関与した疑いもある。活動資金はプリゴジンによる提供に加え、ロシア国防省の秘密裏の支援もあると言われる。
組織の前身は13年にシリアで活動した民間軍事会社「スラビャンスキー・コルプス(スラブ軍団)」とされる。ワグネルとしては、14年春のロシアによるウクライナ南部クリミア半島の軍事制圧に加わり、また、同年4月に始まったウクライナ東部ドンバス地方での紛争では親ロシア派武装勢力の側で政府軍と戦ってきたとみられる。
ワグネルを率いるウトキンは、ロシア軍の情報機関であるGRUで特殊部隊指揮官を務めた経歴を持つ。ワグネルの訓練基地はロシア南部クラスノダール地方のGRU特殊部隊基地の隣にあるという。ロシアのウクライナ侵攻後には、前線へ投入するために要員を大幅に増やした模様だ。22年9月にはプリゴジンとみられる人物がロシア国内の刑務所で受刑者を勧誘している様子の動画が流出。戦闘参加と引き換えに釈放するとの条件で、超法規的な勧誘がまかり通っている状況を示唆した。
ワグネルは、ロシアが影響力拡大と権益確保を図る中東やアフリカでも旺盛に活動してきた。ロシア軍が15年9月から軍事介入したシリア内戦では、地上作戦に参加していたとされる。北アフリカの産油国リビアの内戦では、東部を拠点とする軍事組織「リビア国民軍」に加勢した。
アフリカでは、政情が不安定なスーダン、中央アフリカ、マリなどでの活動が報告されている。主な役割は現地政権を軍事面で支援することだが、国連の専門家らによると、市民への拷問や殺害など多くの人権侵害を引き起こした疑いがある。各国で産出する金やダイヤモンドを国外へ持ち出しているとも報じられた。
創設者のプリゴジンは、1990年代に仕出しビジネスから出発して富を築いた。プーチンとは2001年ごろに関係を構築し、クレムリン(ロシア大統領府)への仕出しも請け負うようになったとされる。そのため、「プーチンのシェフ」の異名がある。親プーチンの新興大手メディア・グループ「パトリオット」も率いる。
プリゴジンは22年9月、それまで否定してきたワグネルとの関係を初めて認めた。14年4月のウクライナ東部での紛争勃発を受けて同5月に「愛国者たちのグループ」を創設し、その後にワグネルという組織名になったと説明。ワグネルの関与が指摘される14年2~3月のクリミア制圧には言及しておらず、何らかの意図をもって創設の時期を遅めに偽った可能性もある。一方、中東やアフリカでの活動については「人々を守った」と表現して認めた。プリゴジンは傘下企業を通じた偽情報の拡散などによって、アメリカの国政選挙への介入など海外での影響工作にも関与してきた。ワグネルに加え、プリゴジンやウトキンらその関係者は、欧米の制裁対象となっている。