2024年3月23日に公布・施行された香港特別行政区基本法第23条に基づいて制定された国家安全を維持するための条例のこと。
基本法第23条は、香港特別行政区が自ら、国家安全維持のための条例を制定すると規定しており、香港政府は香港返還から5年後の2002年から制定に向けて動き出していた。しかし、2003年に香港政府が法案を提出した際、50万人以上が反対のデモ行進に参加し、立法化は頓挫した。その後も、愛国教育カリキュラム導入への反対、金融街を占拠する「オキュパイ・セントラル」運動、行政長官の普通選挙を求める2014年の雨傘運動などを通して、大規模な動員の記憶が参加者に引き継がれ、2019年の逃亡犯条例改正案反対デモが起こった。
他方、こうした抗議運動が繰り返し行われたにもかかわらず、2020年6月には全国人民代表大会が主導する形で、中国で香港国家安全維持法が制定され、これに反対した香港の民主派の議員、活動家、学者、ジャーナリストらが逮捕された。政治情勢が緊迫し、香港返還の際の中英共同声明で担保されていたはずの香港の高度の自治は崩れ、一国二制度は形骸化が進んでいった。
2023年10月には香港政府トップの李家超行政長官が施政方針演説の中で、基本法第23条に基づく国家安全条例の制定を2024年のうちに制定させると明言した。これを受けて2024年1月、同条例の制定方針協議ペーパーが公表され、パブリックコメントの募集が開始された。同年3月19日、香港立法会(議会)は国家安全条例(国家安全維持条例)を審議開始からわずか11日で可決した。
2020年制定の国家安全維持法と相互補完関係にあるとされる同条例は、香港は中国の不可分の一部であり、中国国家安全法における「国家安全」の定義を採用すると述べた上で、国家秘密の窃取やスパイ活動、反逆、扇動、外部勢力による干渉などの罪を規定した。
しかし、その条文の定義はあいまいである。たとえば、外部勢力とは外国政府や地方当局、政党、政治組織、国際組織などを指すと規定されているが、海外メディアや非政府組織(NGO)も含まれる可能性がある。外部勢力干渉罪では、「故意に虚偽の説明をする」など「不適切な手段」を用いて、中国または香港の行政当局に対し、政策や立法、司法に影響を与えたり、選挙に干渉したりすることを禁じているが、「故意」の判断基準を明確にするのは容易ではない。また、「国際都市かつ国際金融センターである香港」の政策への意見表明やロビー活動が否定されるものではないとしながらも、このような政治活動は「国家安全保障上のリスクをもたらすものであってはならない」と述べている。
「国家秘密」は中国や香港の重大な意思決定、国防建設、外交、国家安全、科学技術、経済・社会発展に関する秘密と規定されているが、経済・社会発展の秘密が何を意味するのかは不明である。また、国家秘密や外部勢力を認定するのは香港トップの行政長官と定められているが、権力濫用による恣意的な運用を防ぐ措置については記されていない。