「インティマシー・コーディネーター」という職業について聞いたことがあるだろうか。世界的にもまだ新しい職業だが、今、欧米の映像制作の現場では、インティマシー・シーン(intimacy=親密、という意味。インティマシー・シーンとは、性的描写や水着以上の肌の露出があるヌードシーン、未成年のキスシーンなど性的なことにかかわる場面のこと。なお成人のキスのみのシーンは立ち合いがなくてもよい)の撮影を安全に行えるよう、トレーニングを受けた専門家がかかわることが一般的になっているという。現在、日本にふたりいるインティマシー・コーディネーターのひとり、西山ももこさんに、いったいどのような仕事なのか、なぜこうした職業が必要とされるようになったのかをうかがった。
インティマシー・コーディネーターという職業
――インティマシー・コーディネーターとは何をする仕事なのでしょうか。
簡潔に説明すると、映画やテレビのインティマシー・シーン(日本では今まで濡れ場、ベッドシーン、ラブシーンと呼ばれていたシーンやヌードなどの肌の露出があるシーン)の撮影を専門に、関係者間の調整(コーディネート)を行うという業務です。台本を読み、撮影の立ち会いはもちろん、制作側や俳優との打ち合わせなど事前の準備を丁寧に行い、撮影後も俳優から質問や懸念点がある場合には制作側にそのことを伝え、解決に向けてサポートします。また、必要に応じて、衣装や前貼り(局部の映り込みを避けるため、布と粘着テープを合わせて作るカバー)を用意したり、インティマシー・シーンの振り付けをしたりすることもあります。こうした作業は、俳優が演技に集中するためにも必要だと言えるでしょう。
現時点では、インティマシー・コーディネーターの資格が取れる機関は、私が所属するアメリカのIntimacy Professionals Association(IPA)をはじめ欧米諸国にあり、それぞれが定めるプログラムを英語で受講することになっています。
――インティマシー・コーディネーターという職業が生まれた背景にはどのようなことがあったのでしょうか。
インティマシー・コーディネーターは、ハリウッドの性暴力を告発するために2017年に始まった#MeToo運動をきっかけに生まれた職業と言われています。それ以前から、欧米の舞台制作にはインティマシー・ディレクターという役割があり、俳優が精神的苦痛を感じることなく、心地よく安全にインティマシー・シーンを演じられるようにしようという流れがありました。2018年頃から映像分野にも広がって、今日に至ります。
アクションシーンには昔から専門のコーディネーターがいるものなのに、これまでインティマシー・シーンにコーディネーターはいませんでした。それは、「キスやセックスは、誰でも知っていることだから、自分でできるだろう」という意識が制作側にあったからかもしれません。しかし、インティマシー・シーンの撮影は非常にセンシティブで、個人的な体験に基づく思い込みだけで行えば、相手はもちろん自分自身も傷つける可能性があります。だから、専門知識を持つコーディネーターが必要とされるのです。「インティマシー・コーディネーターを頼む予算がないので、講習のような形で教えてもらえますか」という依頼もありますが、一度や二度、講習を受けただけで、専門家を入れずにインティマシー・シーンを撮影しようというのは、何か起こったときのリスクを考えれば、かなり安易ではないかと思います。