2023年8月に、韓国の文学賞である第7回「李浩哲統一路文学賞」を受賞した沖縄・名護在住の芥川賞作家・目取真俊(めどるま・しゅん)は、かつて「この土人が!」という言葉を大阪府警の人間から浴びせられている。それは2016年10月18日に起きた。沖縄県東村(ひがしそん)高江(たかえ)の米軍ヘリパッド建設に抗議していた市民に「クソが!」「アホが!」と暴言をくり返していた大阪府警の機動隊員は、目取真に対して「土人」と面罵したその後、さらに別の場所で殴りかかり、蹴りを入れた。
隊員が暴力に向かう直前、目取真に向けられた「土人」という言葉自体が、侮蔑の意図を含む(『大辞泉』(小学館)には、「未開地域の原始的な生活をしている住民を侮蔑していった語」とある)のは論をまたず、内地の公僕がそれを高江で使うのは明らかな沖縄差別と言えた。しかし、鶴保庸介沖縄北方担当大臣(当時)はこれについて「『土人である』と言うことが差別とは断定できない」「言論の自由はある」などと発言し、この発言を容認する答弁書が閣議決定された。松井一郎大阪府知事(当時)も「大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」とツイッターで発信。公務員が差別を孕んだ言葉をぶつけ、これに閣僚や首長がお墨付きを与えたのである。
あれから7年が経過し、今、声高に「台湾有事」が叫ばれている。沖縄では台湾有事への備えと称して宮古島の自衛隊駐屯地にミサイル部隊が配備された。
内地の小説家はたまに基地反対集会に出ただけで「行動する作家」と称されるが、目取真はこの十年余、高江や辺野古(へのこ)の基地建設現場で、座り込みやカヌーによる直接的な抗議行動をくり返してきた。
関東大震災から今年で100年を迎えた。震災後、内務省が通達した官製デマによって東日本の各地で中国人、朝鮮人が虐殺され、迫害は標準語に不慣れな沖縄出身者にも向けられた。今年9月、目取真は先述した李浩哲統一路文学賞のソウルにおける受賞会見でこの迫害に触れたうえで、「(沖縄の人々は)本土の日本人に差別されることを恐れて朝鮮人を差別する側に立った」、その「二重性も直視しなければならない」と、加害性についても言及している。
一方で現在、内地の人間はネットを介した差別煽動に乗せられ、あらたに沖縄差別を強めていないか。名護の地で目取真に話を聞いた。
沖縄への差別感情
目取真 沖縄に来て基地の実態を見れば分かります。県民投票の意向を無視し、沖縄に米軍基地を集中させている現実を見て、まともに考えれば、当然、沖縄に犠牲を強いている不条理を感じるはずです。さらに、(台湾有事に備えるという名目で)宮古諸島、八重山諸島、与那国島で自衛隊が強化されていますが、その実、沖縄は(日本政府にとって)守るべき「絶対国防圏」の外に置かれていると思います。
根底には、日本人の大多数には「沖縄で軍事衝突が起こったとしても仕方がない」という意識があると感じるのです。私が「本土」で講演をしても「申し訳ないけど、沖縄に基地があるのは仕方がない。基地のおかげで経済が潤っている人もいるんじゃないですか」「予算をたくさんもらっているんじゃないですか」という人が必ずいる。一つ一つ検証していくとどれも事実ではないのですが、そう思うことで後ろめたさを解消できるのですね。さらに「現場で基地建設に抗議している人たちは、裏で日当をもらっている」というデマもまた、それを信じれば気が楽になる。無私の行為でないと思えば気休めにもなるし、沖縄の後ろには中国や北朝鮮がいて、彼らが糸を引いているということならば、(沖縄に対して)何ら痛みを感じずにすむ。そういう心理は沖縄ヘイトを生み出す土壌を作ると思います。
県民投票
2019年2月24日に投開票された「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票」。賛成19.0%、反対71.7%、どちらでもない8.7%。
無産党
無産政党。明治末期~昭和前期の日本で、労働者や農民などの無産階級の利益のために活動した政党の総称。
鉄血勤皇隊
太平洋戦争末期の沖縄で、戦闘要員として動員された14~17歳の男子中学生による学徒隊。
「方言札」
標準語の使用を強制させるため、学校で方言を話した者に、罰として首から下げさせた木札。各地にあるが、特に沖縄で厳しく行われ、明治末から第二次大戦後まで用いられた。(『デジタル大辞泉』〈小学館〉より)
大龍柱
首里城正殿、正面階段の両脇に建てられた龍の形の彫刻柱。