「タン・シュエもまた酷い独裁者で、ジャーナリストを拘束したり、少数民族のシャンやカレンを迫害し続けてきました。ただし、彼は政界を退いてからは表舞台に出てきていません。しかし、ミン・アウン・フラインの場合はもっと自分中心で、ミャンマーの財産を私的に奪っている。そして本来なら60歳で定年引退するはずのところを2016年に5年間延長したんですよ。それだけ利権に執着している。とはいえこれ以上は延長できない。次に新しく誕生する最高司令官がもし自分を裏切ったり、民主化側が勝利した場合には、今まで自分が収奪してきた資産や財産を凍結、没収されるかもしれない。もしくは自分が裁判にかけられる可能性がある。それをミン・アウン・フラインは恐れていたんです」(※編集部注:2021年5月20日の報道で、最高司令官の65歳定年規定がクーデター直後に撤廃されていたことが判明した)
――このままNLDが大勝した2020年の選挙結果を認めれば、自身が糾弾されて破滅するということを彼は自覚していたわけですか。
「そうです。だから最後にはミン・アウン・フラインは自分のためにクーデターを起こすしか選択肢がなかったんです。それは当然、予想できました。私はもう年金生活者となりましたが、長らく闘ってきた相手のことは、性格も戦法もよく理解しているつもりです」
ロヒンギャとの和解が実現するためには
――ミャンマー国民とロヒンギャとの和解、そして民主化への共闘は喫緊の大きな課題だと思いますが、今後についてはどのように考えていますか。
「ミャンマーにおけるロヒンギャ問題はさまざまな歴史が積み重なって起きてきた問題ですから、その事実を認識して、今こそ解決しないといけません。私は、NUGは国際社会の基準に従って解決していくと期待しています。歴史を修正してはいけません。今回の軍事クーデターを境にして、私たちはロヒンギャと正しい歴史認識を共有すべきなのです」
軍が丸腰の民衆に銃を向け、民主化運動を弾圧するという行為は、1980年の韓国「光州事件」と類似する。これを体験した光州の市民団体の人々は、「ミャンマー軍部クーデター反対と民主化支持光州連帯」を結成した。ミャンマー市民と光州市民の連帯は軍政の暴力に対する抵抗である。もうひとつ筆者が感じた両国市民の共通点は、歴史の再認識である。韓国の文在寅政権はタブー視されていた「済州島四・三事件」の虐殺を認めた。同様に、ミャンマーのNUGはデマとして流布していたロヒンギャへの迫害を事実として認知しようとしている。(「済州島四・三事件」については連載第6回を参照)
ラ・ウーに現在のアクションについて聞いてみた。
――ラ・ウーさんが今暮らしているオーストラリアでは、ミャンマー人の皆さんは、今回の軍事クーデターに対する抵抗活動、そして国民に対する支援活動をどういう形で展開しているのでしょうか。
「中心的に行っている支援は寄付です。寄付を集めてミャンマー国内の抵抗勢力、不服従勢力に送っています。オーストラリアには民主化を応援するさまざまな団体が存在しています。また少数民族の団体もたくさんあります。彼らの目的は一つだけで、国内で弾圧に苦しむ市民を経済的に支援することです。軍事政権のためには働きたくないと、いわゆるCDM(市民不服従運動)として仕事をボイコットしている公務員たちに、あるいは少数民族の地域に、独自のルートで寄付金を送っています」
日本に求めることは……
――日本外交は残念ながら、ミャンマーの軍政を肥え太らせてきました。投資でも援助でも膨大な額を支援してきて、その予算で購入された武器によって多くのミャンマー市民が殺害されています。当然、そのことは多くの市民が知るところですから、日本国内では在日ミャンマー人の人々の外務省に向けた抗議行動も活発になりました。ラ・ウーさんは30年以上、軍と闘い続けてきたわけですが、今後の日本政府のミャンマー外交について望んでいることはありますか。
「外交というのはとても複雑で一筋縄でいかないものです。日本政府が曖昧な態度を取り続けるかもしれないというのも私は予想しています。はっきりとミャンマー国軍政府側ではなく、民主化のNUG側に立つと宣言することは難しいのでしょう。ですから、日本政府のことはあまりあてにしていません。ただ、日本政府には極めてシンプルなことを伝えたいです。今、対立しているのは、圧倒的な軍事力で非人道的なことを平気で行っている側と、それに対して微々たる武器で自衛している人々です。当たり前ですが、自衛している側こそが『人間』なのです。人間とはとても言えない行為をしている側の言葉を、日本政府には政治判断だとしても理解してほしくない。人間としてどちらの側に立つのかということを考えるべきではないか、とは言いたいです」
――日本の人々に対して思うことはありますか。
「日本政府とは別に、日本の市民の皆さんは、曖昧な態度を取らずに民主化を望む人々の側に立つことはできます。日本の市民は、現在の軍事政権を認めずに、私たちを思い切って支持してほしいです。
また、かつてミャンマーの臨時亡命政権で労働大臣をしていた私からのお願いです。日本のすべての労働組合は、私たちミャンマー市民の苦しみを理解して、私たちと一緒に闘ってほしいです。すみません。感情的になって涙が出てしまいました。年齢も年齢なので、お許し下さい」
最後は涙声であった。アウンミャッウインのスマホ越しにラ・ウーの悲痛に歪んだ表情が映し出された。
◆ ◆ ◆
取材から数日経った5月28日。サッカーワールドカップアジア2次予選、日本対ミャンマーの試合前において、ミャンマーの代表選手たちは国歌を歌わなかった。国軍が支配する今の国家は我々の祖国ではないという意志表示である。サブのGKであるピエリアンアウンはさらに不服従を示す3本指を立てるポーズを取った。
アウンミャッウインは店のテレビでこれを見ていた。
「カメラが入っている前での抗議は大きな覚悟が必要やった。彼らは命がけで世界に向けて、今のミャンマーの酷い情勢を告発したんやね。あそこまでしたら、帰国して無事に済むはずがない。彼らを帰したらあかん。政治亡命を求めてきたら、日本政府はぜひ、受け入れるべきや」
タン・シュエ
1933年生まれ。1992年から国軍最高司令官を務め2011年に政界を引退した。
キン・ニュン
1939年生まれ。1983年から国防省情報総局局長に就任。2003年から首相となったが2004年に解任された。
臨時亡命政府
ビルマ連邦国民連合政府ともいう。本拠はアメリカに置かれた。2012年解散。
国民統一政府
クーデター後の2021年4月、NLD議員を中心とした民主派が新たに結成した政府。ただし国軍は国民統一政府を承認していない。
ICJ(国際司法裁判所)の法廷
2019年11月、イスラム諸国の「イスラム協力機構(OIC)」の代表として、アフリカのガンビアがミャンマー政府を提訴して開かれた法廷。ガンビアは原告として、ロヒンギャへの迫害が国際条約で禁じられる「ジェノサイド」だと主張した。ジェノサイドにあたるかどうかの判断には今後数年を要するとみられているが、2020年1月、ICJはロヒンギャの弱い立場を鑑み、ミャンマー政府に仮保全措置として、ロヒンギャへの迫害行為を防止するためにあらゆる方策を講じるよう緊急命令を下した。