アウンミャッウインは、注文された大量のテイクアウト料理をカウンターに並べ、箱に詰めると次々に客に渡した。「はい、お待ちどうさま!」モヒンガー、ラペットゥ、グリーンカレー、タミンジョー……、もとより、料理の腕は折り紙付きだ。空腹には刺激的な香りが鼻孔をくすぐる。ミャンマー人の難民認定者である彼がこの大阪のエスニック料理店「ミャンマービレッジ」のオーナーシェフになる経緯と、その壮絶な半生は連載第20回に書いた。
ミャンマーで軍事クーデターが起きてから、3カ月。ロヒンギャ(ミャンマー西部ラカイン州在住のムスリム)へのヘイトに加担せず、それでいて一方的な国民民主連盟(NLD)批判、アウンサンスーチー批判にも与しなかった活動家でもある彼に、ミャンマー情勢を聞くことにした。店が暇になる時間を聞いて足を運ぶと、店主はコロナ禍のランチタイムでひと仕事を終えて店の休憩に入り、ようやくテーブルにつく。手製のパーテーションを間に挟んで語り出した。
深刻な「ロヒンギャヘイト」による弊害
「えらい長い間、営業妨害に遭うてましたけど、ようやくそれも終わりそうですわ」
――それはやはり、ロヒンギャ関係の発言が原因ですか?
「そうです。今までビルマ民族を含むミャンマーのすべての民族が、『ロヒンギャが軍に殺されているなんちゅうのはでたらめや。国軍がそんなことやるわけがない』と信じ切っていた。また自分たちもそう発信していました。でも私は『ロヒンギャは殺害されている。人権侵害されているんや』とずっと言ってきました。その結果、多くのビルマ民族の人々からのバッシングを受けました。『アウンミャッウインという奴はビルマ民族とか言うとるけど、あれはほんまはロヒンギャや』とか、『この店もバングラデシュのテロリストからカネをもらって経営しとるから、絶対に行ってはいけない』とか、散々言われました。日本のミャンマーコミュニティの中ではまるで札付きの悪者のような扱いを受けてきましたよ。ホンマに商売上がったりでしたわ」
ミャンマーにおけるロヒンギャヘイトは極めて深刻であった。1988年の民主化闘争をロヒンギャと共に闘い、日本に逃れてきたいわゆる「8888世代」といわれるミャンマー難民たちも、「ロヒンギャは違法移民。仏教徒の女性をレイプしている」「国軍や警察から、ロヒンギャが迫害を受けているというのはデマ」と言って、ロヒンギャ差別を温存、拡散してきた。東京のミャンマーレストランなどでは、残念ながら、客として来た日本人がそれを鵜呑みにしているという現象が散見されている。
デモ隊への銃撃がすべてを変えた
――それが変わってきたのは今年の軍事クーデターの直後からですか。
「2月1日がクーデターでしたね。それからミャンマー各地で市民による抗議のデモが巻き起こりました。でも相変わらず、うちの店は閑古鳥がピーピー鳴いていました。『不法入国の不法滞在者の店だから行くな!』と叩かれ続けていました。軍事クーデターが起きたあとも、他のミャンマー人たちのロヒンギャに対する意識はすぐには変わっていませんでした。なぜかと言うと、2月初旬には国軍はまだデモ隊を銃撃していないんです」
――ミャンマーの人々は、国軍に抗議し、スーチーを支持しているけれど、国軍が長年迫害してきたロヒンギャについては、違法移民、イスラム教徒のテロリストだという認識は変わっていなかったんですね。
「軍に撃たれるまで彼らの意識は変わっていないんです。でも、間もなく民間人に対する銃撃と虐殺が始まりました。今までラカイン州でロヒンギャが殺害されていたのと同じように、ヤンゴン、マンダレーなどの大都市をはじめ、いろんな街中で悲劇が起こった。目の前で起きたことで彼らはようやく気がついた。『まずい、これはロヒンギャが国軍からやられていたと言っていたこと、その通りやんか。自分たちは今までロヒンギャの迫害をフェイクニュースと思ってたけど、違ったんや』。ロヒンギャより危険なのはミャンマー国軍であるということに彼らは気づいた。『国軍を倒さないといけない。そのためにはどうしたら良いのか』と、彼らは意識が変わってきたんです」
――丸腰の市民に発砲をためらわないというミャンマー国軍の本質がついに剥き出しになったことで、マジョリティであるビルマ民族を筆頭に、ミャンマー国民もこれからはロヒンギャに対する無理解を謝罪して、民主化勢力として一致団結しようという動きが出てきています。
「ミャンマー国内で言えば、まずヤンゴンの第一医科大学学生連盟ですね。3月26日にロヒンギャに向けての『謝罪文』を発表しました。『国軍が民族浄化や掃討作戦を行ったことで、ロヒンギャの命が犠牲となり、避難を強いられた。私たちはその行為を黙認し、結果として民族浄化に加担することとなった。私たちはそれが過ちであったことを認め、謝罪する』というもの。これからはあらゆる民族の声に耳を傾け、正義のもと、闘い抜く覚悟であると彼らは宣言しました。ようやく変わってきた。うちの店のお客さんも戻ってきましたわ」
ロヒンギャへの迫害を認めなければならない
――店長は、軍事クーデター後に大阪から国民統一政府(NUG)に向けてアクションを起こしたそうですね。
タン・シュエ
1933年生まれ。1992年から国軍最高司令官を務め2011年に政界を引退した。
キン・ニュン
1939年生まれ。1983年から国防省情報総局局長に就任。2003年から首相となったが2004年に解任された。
臨時亡命政府
ビルマ連邦国民連合政府ともいう。本拠はアメリカに置かれた。2012年解散。
国民統一政府
クーデター後の2021年4月、NLD議員を中心とした民主派が新たに結成した政府。ただし国軍は国民統一政府を承認していない。
ICJ(国際司法裁判所)の法廷
2019年11月、イスラム諸国の「イスラム協力機構(OIC)」の代表として、アフリカのガンビアがミャンマー政府を提訴して開かれた法廷。ガンビアは原告として、ロヒンギャへの迫害が国際条約で禁じられる「ジェノサイド」だと主張した。ジェノサイドにあたるかどうかの判断には今後数年を要するとみられているが、2020年1月、ICJはロヒンギャの弱い立場を鑑み、ミャンマー政府に仮保全措置として、ロヒンギャへの迫害行為を防止するためにあらゆる方策を講じるよう緊急命令を下した。