知人の住むマンションは老朽化が進み空室も多く、管理費が不足するなど運営は楽ではない。そんな中で、ある不動産業者が全体の3割の部屋を一括購入した。管理組合は喜んだのだが、この不動産業者が住民総会での決議にことごとく反対、自らの方針を押し付けようとするので困っているという。
分譲マンションを購入すれば、当然の権利として住民総会での議決権を与えられ、運営に関与できる。株式会社も同じだ。株式会社を分譲マンション、株式を住戸と考えれば、購入した株数に応じて株主総会での議決権が与えられ、経営に関与することができる。ところが、株式会社の場合には、議決権のない特殊な株式が発行されることがある。「優先株式」だ。
優先株式には、通常の株式(普通株式)に与えられている株主総会での議決権がない。したがって、どんなに多くの株式を保有していても、経営に直接的に関与することはできない。議決権がない分だけ不利なはずなのに、なぜ「優先」なのか…。
実は、優先株式は議決権がない代わりに、普通株式よりも優先的に配当金を受ける権利がある。企業が破綻して清算される場合には、残った財産を優先的に受け取る権利もある。議決権がない分、金銭面で優先的な扱いを受けることから、「優先株式」と呼ばれているのだ。
優先株式は経営が健全な企業でも発行されるが、経営が苦しく、再建資金を必要とする企業が発行する場合が多い。株式を新たに発行(増資)し、その売却代金で財務の改善を図るのだ。
しかし、経営が悪化している企業の株式は、一般に売り出しても買い手がつきにくい。つぶれそうなマンションを誰も買おうとしないのと同じ理屈だ。したがって、増資による株式の売却に際しては、特定の企業や金融機関にまとめて引き受けてもらう「第三者割当増資」の形態をとることになる。この場合、普通株式を売却すると、増資の引き受け先に大量の議決権が発生、企業経営の自由度が奪われる恐れがある。しかし、優先株式ならこうした問題は生じない。こうしたことから、経営の自主性を維持するために、優先株式での増資を選択する経営者が多いのだ。
ところが、この優先株式が普通株式に換わることがある。経営が悪化している企業の場合、配当が十分に行えない場合も少なくない。すると、優先株式の「優先」の部分が受けられず、引き受け側が著しく不利になってしまう。こうしたことから、優先株式の中には、普通株式への転換条件を付けているものがある。一定期間、配当が受けられなかった場合などに、優先株式が普通株式に転換され、議決権も与えられることになるのだ。「物言えぬ株主」だった優先株式の保有者が突然発言権を持ち、その株数によっては、経営を大きく左右する力を持つことになるのだ。
バブル崩壊後に経営が悪化した日本の大手銀行への公的資金注入も、銀行の発行した優先株式を政府が購入するという形で実施された。2008年に始まった世界的な金融危機でも、シティグループなどの大手金融機関の救済に際して、アメリカ政府は優先株式を購入する形で公的資金の注入を行っている。
つぶれそうなマンションを支えるために住戸を購入し、運営には口を出さない。経済状況が厳しさを増す中、優先株式の発行はこれからますます拡大することになるだろう。