しばしば見かけるマンションの広告だ。マンションを買ってもらうためには、その利点を購入希望者に広く知ってもらう必要がある。宣伝が効果をあげれば買い手が集まり、マンション全体の価値も上昇が期待できるというわけだ。
IR(Investor Relations)も、こうした宣伝の一つだ。
通常の企業宣伝は、売上げアップを目的とした消費者向けなど、自社のビジネス拡大のために行われる。これに対して、IRの目標は自社の株価アップ。対象はその言葉通り投資家(investor)であり、その関係(relations)を深めることによって、自社の株価を引き上げようというわけだ。
売上げに直結するわけではないIRに、企業経営者が熱心に取り組むのには理由がある。
企業経営者は、株主総会で株主によって選出され、経営を委ねられている。企業を分譲マンションと考えると、株主は住戸の所有者で、経営者は住民総会によって管理を委託された管理組合の理事長と考えられる。分譲マンションの理事長が住民のために働くように、経営者も株主のために働くことになり、その最大の目標が株価の上昇なのである。
株価を引き上げるためには、企業の業績を拡大させることが一番だが、それだけでは十分ではない。自分たちの企業が素晴らしいものであることを、投資家に宣伝し、知ってもらう必要がある。
分譲マンションの立地や設備の素晴らしさが広まればその価格が上昇するように、財務内容などの経営状況、ビジネスの将来性などの情報を積極的に開示し、投資家の関心を高めることで、株価の上昇につなげようというわけなのだ。
もちろん、企業にとってよくない情報や、不祥事が起こる場合もあるが、これを包み隠さずに公表することも大切だ。悪い情報を隠ぺいすることは簡単だが、これが表面化した場合、投資家の不信感は一気に高まり、修復不能な事態になりかねない。
「壁の一部にひびが入っていますが、現在修理中で、建物の安全性に問題はありません」と、きちんと公表することこそ、長い目で見れば投資家の信頼を獲得し、株価の上昇につながることになるのだ。
IR先進国はアメリカで、1953年にGE(ゼネラル・エレクトリック)が、専門の部署を作ったことが始まりとされる。
しかし、日本でIRが広がり始めたのは90年代後半になってからのことだった。その背景には、日本特有の事情として、「物言わぬ株主」が多かったことがあげられる。分譲マンションの住民から、管理方法について文句を言われることが少なかったために、経営者と株主の間に緊張関係が生まれず、IRの必要性も低かったのだ。
しかし、現在は事情が一変している。外国人投資家を始めとして、多くの株主が、経営者に厳しい注文を付け、株価を上げるように迫っている。こうした声に応えられなければ、経営者がクビになってしまう恐れもある。こうしたことから、日本の経営者もIRに積極的にならざるを得なくなっているのだ。
会社にとってのマイナス情報であっても包み隠さず公表し、投資家の信頼を獲得することで株価を引き上げる。IRは企業経営者、そして企業そのものにとって、生命線の一つと言えるほど、重要な役割を担っているのである。