トーナメントにおける賞金設定を、企業の人事労務管理に応用するのが「トーナメント理論」だ。賞与や昇進などを「賞金」と考え、従業員のやる気を最大限に引き出して、企業経営というトーナメントを活性化させる方法を理論化している。
3人が出場するプロゴルフ大会を考えてみよう。3人の実力が拮抗(きっこう)している場合、「賞金は優勝者のみ」とすると、「優勝するしかない!」と、全員が必死にプレーするだろう。一方で、3人の中に突出した実力を持つ選手がいる場合、その選手は「負けるはずがない」と手を抜き、残る2人は「どうせ勝てない」とやる気を失い、トーナメントがつまらなくなる恐れがある。こうした場合は、2位にも賞金を設定することで、2位争いが激化し、実力のある選手も「油断できない!」と、真剣にプレーすることになるだろう。
これを企業の賞与や昇進の制度に応用する。従業員の能力が拮抗している場合、成績トップにだけ巨額のボーナスを払い、残りはゼロといった格差の大きな制度にすると全員が必死に働くことになる、とトーナメント理論は結論付けるわけだ。
格差の大きな制度を採っている典型が外資系金融機関だ。優秀な人材を中途採用するなど、従業員の実力は高い上に拮抗している。そこで、成果に応じて数億円を支払うといった極端な賞与制度を採用することで、熾烈(しれつ)な競争が展開され、企業全体の業績を引き上げることが期待できる。
一方、従業員の能力に大きな差がある場合には、格差の小さい制度が望ましい。全員が優勝を狙うのではなく、2位、3位とそれぞれの実力に応じた目標に向かって働くことで、企業全体が活性化されるからだ。日本企業は終身雇用制を基本としているため人材の流動性が低く、従業員の実力差が広がりやすい。こうした状況で極端な賞与や昇進の制度を導入すると、実力者は手を抜き、それ以外の従業員はやる気を失ってしまう。トーナメント理論は、従業員の能力差が大きければ大きいほど賞与や昇進の格差を小さくするべきだとしていて、実際に多くの日本企業は格差の小さい制度を採用している。
トーナメントの賞金が高いほど選手がやる気を出すように、社長の給料は高いほどよいとトーナメント理論は考える。日本企業の中には、高額報酬に否定的な社長もいるが、トーナメント理論によれば、こうした姿勢は従業員のやる気を失わせることになる。超高額の報酬を受け取る日産自動車のゴーン社長こそ、トーナメント理論では「お手本」であり、社員のやる気を高めているというわけだ。
これらはトーナメント理論の初歩的なもので、サッカーや野球などの試合で選手たちのパフォーマンスを綿密に分析し、高度な数学を用いて、複雑な賞与体系を提案する学者もいる。プロスポーツはビジネスの縮図であり、これをモデルにしたトーナメント理論を導入する企業が増えることも予想されるのである。