大学進学を貧困脱出の手段として位置付けることは、「高卒や中卒の人々が貧困であっても止むを得ない」という考え方を広げることにもつながりかねません。貧困を解決するためには、最低賃金の抜本的な上昇をはじめとする労働条件の改善と社会保障の充実こそが重要であって、大学進学をそのための手段とすることは間違っていると思います。
私が生活保護世帯出身者の大学等進学率の低さを問題にするのは、大学進学を貧困脱出のための手段と考えているからではありません。生活保護世帯出身者が大学等への進路を選択することが、他の世帯出身者と比べて明らかに不利な状態に置かれている事実を批判しているのです。憲法26条で「教育を受ける権利」が定められているのですから、どんな経済的状況の家庭で生まれたとしても、進学する機会は平等であるべきです。
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生活保護世帯出身者の大学進学を改善するためには、どんなことをすべきでしょうか。
まずは大学等進学者を世帯分離する制度の廃止が重要だと思います。生活保護世帯の子が大学に進学するだけで、保護費が減額されて残された家族の生活に支障が及んだり、被保護世帯を離れた途端に年金や健康保険料の支払いまで生じたりするのは明らかにおかしいと思います。
そうはいっても、最低生活の保障という原則から生活保護費で大学進学に関する学費までカバーするという考え方は無理があるでしょう。学費については、授業料の引き下げや給付型奨学金の拡充によって対処すべきです。
大学進学者の世帯分離制度を考える際には、これまでの歴史を振り返ることが大切です。先述したように生活保護制度では、被保護世帯の子が義務教育を修了すると稼働年齢に達した者として「稼働能力の活用」が求められます。その結果、戦後しばらくは高校進学についても世帯分離が必要とされ、生活保護を受けながら高校に行くことはできませんでした。
「高校生の世帯分離」は、その後に大きな変化が起こります。1960年代以降、高校進学率は急上昇し、70年に80%を上回りました。こうした進学率の上昇を背景に、政府は生活保護を受けながらでも高校へ進学できる「世帯内就学」を認めるようになりました。これは、生活保護の最低生活保障の範囲が、義務教育から高校教育へと拡大したことを意味しています。
冒頭でご紹介したように、2018年の全世帯の高等教育機関への進学率は81.5%に達しています。1970年の高校進学率とほぼ並んだわけですから、大学等進学者についても世帯分離を廃止し、世帯内就学を認める時期に来ていると思います。
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世帯分離制度は、2020年度から施行の「大学等における修学の支援に関する法律」との整合性でも問題があります。以前、私はイミダスに寄稿したオピニオン「『高等教育無償化』のウソ」の中で、この法律が高等教育無償化とはほど遠い内容であることを批判しました。しかし、大学・短大・専門学校進学者に対して授業料減免と給付型奨学金をセットで行なうことは、生活保護世帯を含む困窮世帯の出身者への学費支援制度としては有意義だと言えます。
「大学等における修学の支援に関する法律」で生活保護世帯出身者の大学進学を支援する一方で、進学を妨げている世帯分離を維持するのでは整合性が取れません。この点からも世帯分離を廃止すべきです。
同時にケースワーカーのほうも見直すべきです。生活保護世帯の子の大学進学に一定の条件がある以上、相談や指導業務にあたっては十分な知識を持つことが重要です。また、大学進学について養育者や当人とのコミュニケーションを十分に取ることも求められます。これらのためにもケースワーカーの増員や、労働条件の改善がなされなければいけません。
根本的な課題としては、世帯分離制度の根拠となっている勤労原則と扶養原則の問い直しです。憲法26条の「教育を受ける権利」は、普遍的に保障される必要があります。生活保護世帯の出身者にだけ、それを諦めさせるような勤労原則と扶養原則がついて回ることは、果たして妥当だと言えるでしょうか? 私は、「教育を受ける権利」を保障する点からも、現行の生活保護制度は見直すべきだと考えます。
私は本連載23回「『親ガチャ』問題を考える」 で、親の経済力や行動によって人生が決まってしまう現代社会の若者の背景を考察しました。生活保護世帯出身者の大学等進学率の低さは、子どもの進路が親の経済力によって制限されていることを明確に示しているという点で、「親ガチャ」問題の典型例の一つであると思います。「親ガチャ」問題解決の第一歩として、この状況を改善すべきであると考えます。